自分の担当していた、背景、演出用の部材、機材が、美術部や映研から届き、準備するべき
ものが全て揃い、講堂でのデモも上手くいった。こちらの方は一安心。
後は麻里亜達の出来次第だが・・・
若干遅れ気味との事で活動日以外でも練習をすることになった。
それだけ、力が入ってきていると言うことか。
そうして、通し稽古が始まる。
山守はとても可愛らしく人魚姫を演じ、北城は夫々の役を大胆にこなした。
「凄い・・・」
そんな言葉が口から漏れていた。
それでも、神川部長からは指導がはいる。
「もっと滑らかに！滑る様に移動しなさい。泳いでいる様には見えないわよ」
普段のあのふたりを知らなかったら、皆、恋をしてしまうに違いない。
あ、でも、結構、人気あるんだった。
前半、麻里亜の出番はない。船が難破して人魚姫が王子を助けるシーンはプロジェクターを
駆使、ナレーションでイメージだけ伝えているけど、映研の実力発揮って、とこ。
後半、麻里亜と草薙さんの演技が始まる。
一言で言えば、麻里亜は兎にも角にも目立つ。普段、必要事項以外は喋らないものだから、
麻里亜の声を聞いて、感激している演劇部の男子もチラホラ。
気づくと、噂を聞きつけて廊下から覗いている男子もいるじゃないか。
草薙さんの方は、緊張気味に演技をこなしていた。太陽のような麻里亜に対して月。
きっと、台詞があったら、もっと輝くんじゃないかと思えた。
台詞がなくとも・・・なんだろう？・・・そうだ、仕草がとても優雅なんだ。
木曜日の朝は肌寒かった。昨日から降り始めた雨のせいか？
「コホッ、コホッ」
「麻里亜・・・風邪？」
朝、いつもの様に挨拶を済ませると、麻里亜が軽い咳をしているのに気づいた。
「そ、そうですね・・・少し喉が・・・」
「無理しない方が良いんじゃ・・・」
「今日は、早めに帰ることにします」
そう言いながらも麻里亜は最後まで練習に出ていた。
金曜日。今日も、雨。
麻里亜は、学校を休んだ。
朝、いつもの様に寮を出ようとしたら、翠さんから電話で連絡があったんだ。
麻里亜のいない教室は・・・今日の空の様だ。
蛍光灯を点けてもちっとも明るくならない。
気になって、放課後、麻里亜の家へ行ってみる。
「え、風邪？・・・どんな具合なの」
「も、申し訳ありません。お嬢様の部屋には、入る事を許されていませんから・・・様子が
分からないのです。朝、少し体調が悪いからと、インターホンで連絡があったままなのです」
翠さんが口篭る。
「私達も、心配しているのですが・・・以前、規則を破って、解雇された人もいるので・・・」
「お嬢様は、規則に関してはとても厳しいのです」
沈黙が訪れる。
「やはり、私が見てきます」
意を決して、翠さんが言った。
「でも、翠さんは解雇されてもいいのですか？」
「今はお嬢様の状態の方が心配です。お嬢様の傍に居たいという事より優先されるべき事です」
「では、私も行きます」
「私も」
「いけません。皆が一度に解雇されてしまったら、誰がお嬢様のお世話をするのです」
「「・・・」」
なんか、悲愴感が漂ってきていて、言い出し難くなってきた。
「翠さんが居なくなったら、お嬢様だって困ることがいっぱいあります。誰が行くか話し合いを
しましょう」
ああ、なんか・・・麻里亜、凄く慕われているなあ・・・ここに居る人達を辞めさせたくない。
静かに話の輪から抜け出して、麻里亜の部屋へ向かった。
幸いと言うべきか、誰にも気づかれずに麻里亜の部屋へ行くことが出来た。
部屋の戸を開けて、小さな声で呼んでみる。
「麻里亜」
薄暗い部屋の中からは返事はない。
ベッドの傍へ近づくと小さな寝息が聞こえてきた。
寝てたんだ。ちょと安心。
「麻里亜」
再び声を掛けて、起こそうと思って方に触れると・・・体が熱い？
「麻里亜！」
もう一度呼びかけて額に触ると・・・熱がある。
「理・・・もう朝ですか」
「麻里亜」
「頭が、ぼーっとします・・・」
「待ってて！」
さっきは、音を立てないように静かに上った階段だったが、今度は勢いよく駆け下りる。
音なんて気にしていられない。
「翠さん、お医者さん呼んで！麻里亜が熱出してる」
「「「え！」」」
驚きの声は一瞬だけ。
「茜さんは、山科先生に連絡を。黄菜子さんは氷枕を準備して」
翠さんの支持で、皆、即、行動に移る。
「私は、お嬢様の・・・」
部屋へ行こうとした翠さんが固まる。
「お嬢様・・・許可を・・・」
「み、翠さん、和室に布団を。麻里亜を連れて来るから」
「は、はい、すぐに布団を敷きます」
麻里亜の姿を認めると、皆が声を掛ける。
「お嬢様、大丈夫ですか」
麻里亜を布団に寝かせるとタイミング良く先生がやって来た。
茜さんが会社に来ていた先生を上手く捕まえたらしい。
「麻里亜さん、どうされました？」
先生は麻里亜の枕元へ座ると、様子を見ながら言った。
「それじゃあ、診察しますね」
あっ！
とりあえず、控え室で待機。
さすがに見ている訳にはいかない。
しばらくすると翠さんがやって来た。
「麻里亜・・・どうですか？」
「はい。風邪だそうです。茜さんが薬を貰いに行っています」
落ち着いたようなので、少し安心する。
「あ、あの・・・す、すいません」
「理様？」
「麻里亜の部屋へ勝手に入って・・・」
「いえ、理様が居てくれて助かりました。本当はお嬢様からお部屋へ入る許可を頂いて
いたのでしょう？」
「ええ・・・」
「理様が居て下さって助かりました・・・ああ、そうでした。お嬢様が呼んでおられます」
「麻里亜が？」
和室へ行くと麻里亜が上半身を起こし、座っていた。
「理・・・部屋へ戻ります。手を貸して下さい」
「「お嬢様」」
翠さんと黄菜子さんが叫ぶ。
「どうか、ここに居て下さい。お部屋へ行かれてはお世話が出来ません」
「今は・・・金曜日の夕方ですね」
「そうですけど・・・」
「何故、あなた達がここに居るのですか？あなた達は研修へ行くはず・・・」
「お嬢様、今回はお休みさせて下さい」
「そのような事を言い出すから、部屋へ戻るのです」
「お嬢様・・・」
「研修を甘く見ないで下さい。理・・・」
立ち上がろうとした麻里亜はふらついて再び座り込んでしまった。
「お嬢様」
「・・・」
「どうかここで休んで下さい。私達は研修へ参ります」
「み、翠さん」
「ここは茜さんに任せましょう」
翠さんは黄菜子さんに向かってそう言い、麻里亜へ向き直って言った。
「お嬢様、お嬢様がここに居て頂けたら、茜さんがお世話をすることが出来ます。
そうすれば、私達も安心して研修へ参加出来、講義にも集中することが出来ます。
お嬢様・・・ここでお休みになって下さい」
「わ、分かりました」
この言葉を聞いて、皆、安堵した。麻里亜はそのまま横になる。
茜さんが帰って来ると、翠さんと黄菜子さんは麻里亜のことを頼み、研修を受ける為に
出掛けて行った。
「次の薬の時間は、８時間後だから・・・今、飲んだのが、６時だから・・えっ、２時・・・」
「大丈夫です、理様。衣装なんか作っているとすぐにそんな時間になっちゃうんですよ」
「へえ・・・寮なんて、消灯が１０時」
「まあ・・・それも大変ですねえ」
茜さんは、寝ている麻里亜の方を見て言った。
「あのぉ、お嬢様。お嬢様のお部屋へ入る許可を頂きたいのですが・・・」
「何故ですか？」
「実は、汗を掻くだろうから、しっかり体を拭いて着替えをさせるようにと先生に
言われました。着替えはお嬢様のお部屋なので、取りに行きたいのです」
麻里亜はすぐには返答せず、僕に話し掛けた。
「理・・・寮の門限の時間、忘れないように」
「まだ、大丈夫だよ」
麻里亜は寝たまま言った。
「それから、申し訳ありませんが、部屋へ行って着替えを取って来て下さい。着替えは、
上から２番目の抽斗。パジャマは３番目に入っています。タオルが必要であれば洗面所の
籐の抽斗・・・籠に入っています」
「お嬢様、理様にそんな事をさせるのですかっ？」
「茜、小さな声で。頭に響きます」
「す、すみません」
「翠の差し金なのでしょう。済崩しにルールを無くしてしまおうという・・・」
「そんなことは・・・」
あったようだ。茜さんの様子を見る限りでは。
「理が興味があるのは、私の着替えなどではなく私自身に対してです。ですから、取りに行って
貰ってもなんの問題もありません」
「しかし、お嬢様・・・」
「私が欲しいならば・・・はっきり・・・」
「お、お嬢様・・・」
「少し、疲れました・・・休みます」
麻里亜は疲れたのか、薬が効いてきたのか、小さな寝息を立て始めた。
「ええっと・・・」
「大丈夫です、理様。実は着替えは用意してあります。あの規則を何とかしたかったのですが
・・・ダメでした」
茜さんは、残念そうに言った。
翌朝、早めだったが、麻里亜のところへ行く。
和室を覗くと、麻里亜の横で茜さんが寝ていた。座っていた状態から崩れていったような状態で。
麻里亜は、寝たままの状態で目を開いて小さな声で言った。
「お早う、理」
「お早う、麻里亜。もう大丈夫？・・・食欲はある？」
「いえ、今は・・・それより茜に何か作ってあげて下さい。軽いものが良いでしょう。それから、
食べ終わったら部屋へ帰って寝るようにと。納得しないかもしれないので、今日は昨夜の
代休だと言いなさい」
「う、うん」
朝食の準備をして茜さんを起こす。
麻里亜の予想通り、茜さんは代休に対して抗議するが、麻里亜から『寝るのも仕事。茜が私のせいで
倒れでもしたら、風邪にかかるよりもつらいです。もし、暇があれば頼んであるデザインをやって
下さい』と言われ引き下がった。
茜さんは朝食を食べると部屋へ戻って行った。
「麻里亜・・・麻里亜の部屋、窓開けて換気でも・・・今日は、よく晴れてるし・・・」
「１人で入るのですか？」
「え？」
「そ、そうですね。はい、そうして下さい」
「ＯＫ」
「あ、理、部屋のものには触らないように」
「あ？」
「勝手に触ったら・・・こ、殺します」
「えっ、昨日の事覚えていないとか？」
「昨日の事・・・それは何ですか？」
覚えていない・・・やっぱり、言わない方が・・・良いんだろうなあ。
「ええっと、何でもない」
「へんな理です」
「麻里亜さん、風邪ですか・・・」
草薙さんは知らずにやって来たようだ・・・と言うより、連絡し忘れだ。
「ごめん。無駄足踏ませちゃって・・・」
「いいえ、それよりも・・・会えますか？」
「熱は下がっているんだけど・・・」
麻里亜は体調が良かったので、会いたいと言った。
草薙さんは１時間程おしゃべりをして帰って行った。
草薙さんが帰ると、麻里亜は『少し休みます』と横になった。少し疲れたのだろう。
それでも、お昼頃になると、麻里亜が『何か作って下さい』と言った。
「おかゆ・・・かな？」
うえっって顔をして麻里亜が言った。
「お茶漬けの方が良いです」
「我侭・・・」
「希望を言うのは我侭なのですか？」
「はいはい」
なんか、すっかり、元気だ。
そこへ電話が入った。翠さんだった。
すっかり元気になって、我侭言っているって伝えたら、とても嬉しそうだった
「我侭とは何です？希望だと言ったでしょう」
「はいはい」
３時頃になると茜さんが現れた。
「このデザインで、どうでしょうか？」
「茜は・・・はーっ」
麻里亜が溜息をつく。
そこへ呼び鈴がなった。
今度は誰だ？北城とか？
出てみると・・・麻里亜のお母さんだった。
「翠さんに聞きました。どうなのです？」
「もう、熱は下がりました・・・お母様」
「食欲は？」
「お昼は、理に作って貰いました・・・」
「・・・」
ソファに座って話すふたり。
そうして、何故だか、茜さんと僕は麻里亜の後ろに立って話を聞いている。
「すっかり、良いのですね？」
「はい・・・」
麻里亜もなんだか神妙だ。
「家に戻って来なさい・・・と言いたいけど聞くつもりはないのでしょう？」
「はい・・・我侭させて下さい・・・」
麻里亜の答えにお母さんは溜息。
「茜さんと、えっと、水都君でしたね。麻里亜が迷惑をお掛けしました」
麻里亜のお母さんはそう言って頭を下げた。
「奥様。迷惑だなんて・・・お嬢様は何事も１人でやってしまわれるので、こんな時でもないと
お世話させて貰えないんです」
「何でも１人で？」
「はい。お洗濯とか、お掃除とか・・・」
「自分のエリアに入らないように・・・というルール作ったのでしょう。そうであれば、
当然のことです」
うわぁ、手厳しいお母さん。
「でも、麻里亜。茜さん達を浅葱さんの様に扱わないこと。いいですね」
「は、はい・・・お母様」
「来月のお祖母様のダンスパーティには参加するのですね？」
「はい、そのつもりです」
「そう・・・皆、麻里亜と踊れるのをたのしみにしているそうです」
「は、はい・・・」
「麻里亜の顔を見て安心しました。私は、帰りますから、ゆっくり休みなさい」
『良い子にしてなさいね』って云う様に麻里亜の頭を数回撫でた。
「ご心配お掛けしました」
麻里亜は頭を下げたが、お母さんは『それは、後ろに居る２人に言いなさい』と言った。
「２人とも、よく眠れなかったのでしょう。麻里亜より顔色が悪いですよ」
お母さんが帰ると麻里亜は『有難う』と言って頭を下げた。
日曜日、麻里亜は部屋の中を歩き廻り、まるで動物園の熊の様だ。
でも、熊は歩き廻りながら、我侭を言ったりしない。
・・・我侭だろうが何だろうが、元気な麻里亜が一番だ。
月曜日。麻里亜は元気に学校へ登校してきた。
「すっかり、元気になった様ですね。安心しました」
「お見舞いに伺おうと思いましたが、草薙さんから控えた方が良いと聞きました」
北城と山守が麻里亜の傍に寄って来た。
あの日、草薙さんがふたりに麻里亜の様子を連絡したようだ。
「公演は今週末です。もう、休んでなどいられません」
麻里亜は元気に宣言した。
土曜日。ついに本番当日。
プログラムは進み、演劇部の番だ。
北城と山守は、衣装をつけ、舞台袖で待機している。
「水都君。時間はまだあるけど・・・海棠さん達の様子を見てきて」
緊張しているふたりを励ましながら、神川部長は僕に向って言った。
麻里亜と草薙さんの控え室へ向かう。
「麻里亜、準備出来た？」
麻里亜と草薙さんの控え室のドアをノックすると麻里亜が顔をだす。
「さ、理。ちょうど良いところへ・・・」
麻里亜は、俺の腕を掴むと控え室へ引き込んだ。
「ど、どうしましょう。陽子さんが・・・」
草薙さんが椅子の上でぐったりとなっている。
「うわっ、凄い熱」
額に手を当てると熱かった。
「山科先生には連絡したのですが・・・」
今日、保健室の先生はお休み？
「理、急いで、保健室へ運びなさい」
「う、うん」
二度目とはいえ、こう云うのって慣れそうにない。
「あ、ダ、ダメです」
「何が？」
「待って下さい」
「今、急いで運べと言ったじゃないか」
「言いましたが・・・その、お姫様抱っこはダメです」
「じゃ、どうやって運ぶんだよ」
「それは・・・せ、背中に、背中に担いで運びなさい」
おんぶかよ。
草薙さんを背中に背負うと、麻里亜が言った。
「お家の方にも連絡はしましたけど・・・きっと、私のせいです。私の風邪がうつったんです」
「とりあえず、運んでから考えよう」
「ええ」
保健室で草薙さんを寝かせると、麻里亜が言った。
「私が、陽子さんにうつしたと考えると、少なからず責任を感じます」
「そこまで、責任を感じなくとも・・・」
「さ、理・・・私を助けて下さい」
「助ける？」
「このままでは、舞台が台無しになってしまいます。草薙さんの代役を立てなくてはなりません」
「代役？・・・草薙さんの代役が出来るって、台本を書いた神川部長くらいじゃないの？」
「それは、私も考えました。しかし、神川部長は、ナレーションを担当しています」
「あ、そうか・・・」
「私・・・もう１人、人魚姫を演じる事が出来る人物に心当りがあります」
「え、誰？」
「それは・・・理、あなたです」
「ち、ちょっと、待て」
「実は、もう茜にも連絡してしまいました。私達、いえ、私を助けて下さい」
「で、でも・・・」
「理が目立つことが嫌いなことは知っています。でも、今は緊急事態です」
「う・・・」
「舞台が成功するか失敗するかは理にかかっています・・・理が協力してくれるなら、理だと
バレないようにしますから・・・お願いです」
バレないようにするって・・・こんな展開はなしだろう。
「自信あります。もし、バレる様な事があったら、罰ゲームをしても良いです」
「ま、麻里亜・・・」
ガラッと戸が開いて山科先生と茜さんが入って来た。
「お嬢様、先生をお連れしました」
「ああ、茜」
「あの彼女かな？・・・早速、診ましょうか」
「お願いします」
先生は草薙さんの傍へ行く。
「お嬢様、指示されたものも持って来ましたけど・・・」
茜さんの言葉に麻里亜は切なそうに呟いた。
「理・・・」
そんな顔で見るなよ。
「分かった。やる」
控え室に来ると、ふたりに着替えさせられた。
「サイズが合っていて良かったです。お嬢様」
「茜、出来る限り陽子さんに似せて下さい」
「はい、お嬢様。出来る限りやってみます・・・理様、ここへお座り下さい」
茜さんが、椅子を移動させ、鏡の前に座るようにと指示する。
もう、何でもしてくれって気持ちで椅子に座ると、茜さんが言った。
「真直ぐ鏡を見ていて下さい。そうして、動かないでいて下さい」
「う、うん・・・」
「時間がありません。私も準備します。茜、後は頼みます」
「はい。お嬢様」
麻里亜は隅の方へ移動し、茜さんは化粧を始めた。
鏡の端に映っている麻里亜が着替えを始める。
えっ！
見ちゃいけないと思い、下を向く。
「理様、真直ぐ前を見ていて下さい」
茜さんから注意されるが・・・
「え、あ、でも・・・」
「理様！」
仕方なく、前を向いて目を瞑る。
「理様、お化粧が出来ません。しっかり、目を開けて下さい」
「え、あ、でも・・・う、うん」
茜さんの位置からは見えていないんだ。
麻里亜、以前『殺します』とか何とか言っていた様な気が・・・もし、これバレたら、
罰ゲームでは済みそうにない。
茜さんが正面の方に廻って来て、麻里亜の姿が隠れ、ほっとする。
着替えを終えた麻里亜が、隣へ来て化粧を始める。
「茜・・・王子らしく見えないのだけど、髪・・・切って貰えない？」
「お、お嬢様！」
麻里亜の言葉に驚く茜さん。
「やはり、肩の辺りで切ってしまうのが一番良いかしら？」
「そ、そんな勿体無い・・・理様もそう思いますよね！」
「え・・・あ、う、うん」
茜さんの剣幕に思わず頷く。
「お嬢様、私のイメージで良ければ、やらせて下さい」
「茜に任せます」
茜さんが王子様ぽっくなった。
茜さんの髪を切らせまいという思いも伝わってくる。
「さすが、茜です」
麻里亜は鏡を覗き込み、満足した様子。
「茜、例のものを」
「はい・・・でも、本当に宜しいいのですか？」
「ええ、ちょっと、物足りなかったのです。これを見た時にこれだと思ったのです」
「何？」
「茜がデザインしたネックレスとイヤリングです」
「へえ」
耳にちょっとした違和感。
「やはり、良いです」
麻里亜が顔を近づけて僕の顔を見る。
麻里亜の瞳に自分が映っているのが分かってドキドキした。
「お嬢様、草薙のお嬢様の家の方が参られたら、お先に失礼させて貰います」
「茜、有難う。とても、感謝しています。理、さあ、行きましょう」
麻里亜がエスコートするように僕の手をとった。
途中、演出係りの先輩に会った。バレやしないかと焦る。
「あ、海棠さん、水都の奴、見なかった？」
「理なら、お腹が痛いと言って、トイレへ駆け込んで行きました」
お、おい。なんて事言うんだ。でも、トイレへ駆け込みたい心境。
「仕方ねえなあ。舞台始まるって云うのに・・・俺達でやるしかないか」
「ええ、宜しくお願いします」
「ええ、任せておいて下さい」
麻里亜の思わぬ言葉に、張り切るふたり。
舞台袖に立つと緊張が一気に襲ってきた。
「さあ、理、行きましょう。観客など居ません。私と理だけです」
「う、うん・・・」
「ですから、私だけを見なさい」
麻里亜がニッコリ笑う。
足がすっと軽くなった。
舞台上で、麻里亜の言動に一喜一憂。
気がつくと拍手が・・・。
「さあ、カーテンコールです。行って来なさい」
「はい」
神川部長は僕達４人を送り出す。
緞帳が下りた舞台中央に立ち、麻里亜、僕、山守、北城の順番に並ぶ。
麻里亜は王子の衣装、僕と山守は人魚姫の衣装、北城はお姫様の衣装を身に付けている。
幕が上がり始めると拍手が沸き起こった。
一礼して、つないだ手を上げると、拍手が更に強くなった。
こーゆのって、結構、気持ちいいかも。
幕が下りる。視線を感じて横を向くと山守と北城が恐い顔して、こっちを見ていた。
えっ・・・もしかして、バレた？
第１６話 終了
