山守と北城が恐い顔でこっちを見ていた。
反対側から、僕の腕を取って麻里亜が言った。
「さあ、陽子さん、控え室へ戻りましょう」
控え室へ急ぎながら麻里亜に告げる。
「ま、麻里亜・・・北城達にバレたかもしれない」
「えっ・・・いつですか？」
一瞬、足が止まり掛けたが、麻里亜は思い直し、控え室へと急いだ。
「カーテンコールの時に・・・」
「それは・・・近づき過ぎたのでしょうか？・・・まさか、そんな事で・・・いえ、バレる
なんて事あるはずが、ありません！」
麻里亜が力強く否定する。
それだけ自信を持って否定されると、気のせいだった様にも思えてくる。
「そ、そうだよね。そんな簡単には・・・」
「そうです！もし、バレたとしたら、私が罰ゲームをすることになってしまうではありませんか」
「・・・」
控え室に戻ると、麻里亜が早く着替えろと急かす。
「うわっ、ちょっと、じ、自分で着替えるって」
「時間がないのです。今更、取り繕ってみても始まらないでしょう」
そ、そりゃ、そうだけど・・・麻里亜としては、まず、目立つ衣装を何とかしたいらしい。
着替えが済むと、今度は、早く化粧を落とせと急かす。
「鬘とアクセサリーは外しましたし、着替えも済みました。お化粧も大丈夫ですね」
「何とか・・・」
とりあえず、元に戻ったと思うけど・・・
「お化粧の匂いが・・・まあ、興奮して私に抱きついたことにすれば問題ないでしょう」
お、おい！
「次は、私が着替えます。外に出て見張っていて下さい」
「はあ？」
さっきは気にせずに着替えたくせに・・・
「覗くつもり・・・というより見ていたいという事ですか？」
「ち、違う」
「理が、今、私にプロポーズするという事であれば考えますが・・・どうしますか？」
「外に出ています」
「そうですか、それはとても残念です・・・では、理。外でしっかり見張っていて下さい」
はーっ・・・麻里亜におちょくられているばかり・・・か。
外へ出ようとしたら、麻里亜が言った。
「不貞の輩がいたら、殺してもかまいません。理には、その権利があります」
「は？」
戸を閉めながら思った。過去に覗こうとした奴がいたのか？・・・と。
暫くすると、神川部長達がやって来た。
「海棠さんと草薙さんは？」
「ええっと、麻里亜は今着替え中ですが・・・」
そう答えるか答えないうちに戸が開いて麻里亜が顔を出した。
「海棠さん、とても良かったですよ。草薙さんも良く演りました・・・あれ、草薙さんは？」
神川部長が問いに麻里亜が答えた。
「それが・・・着替えが済んだら居なくなっちゃったんです」
「え？」
皆が、控え室に入る。
椅子の背凭れに人魚姫が着ていた衣装だけが残っていた。
「一体、どこへ・・・」
控え室の入り口のところには、新聞部の沢木部長が立っていた。後には、カメラマンの子も。
「あの・・・神川部長」
「何かしら、海棠さん」
「実は演劇が始まる前、陽子さんが突然、熱を出し倒れたのです」
麻里亜、何、言い出すんだ？
「どういうこと？」
「それで、理に保健室へ連れて行って貰ったのです。その事を部長へ報告しようと思った時
再び陽子さんが現れて、舞台へ行こうと言ったのです」
「話がよく見えないけど・・・」
「舞台が終わり、控え室に戻ると陽子さんはさっさと着替え、部屋を出て行ってしまいました」
「ど、どこへ・・・」
「気運が悪くなって保健室へ戻ったのではないでしょうか？」
「保健室へ？」
神川部長は、ちょっと考え、それから『行ってみましょう』と言った。
これは面白い事になってきた。
聖王の有名どころが挙って、演劇部に入っただけでも話題になっているのに・・・
新聞部にも１人くらいと思うけど、それはあり得ないだろう。
４人をゲットした神川は得意満面だろう。
保健室へ向かう一行の人数は、北城加奈子や山守絵里香を加え１０人位になっている。
神川と海棠の会話を聞き漏らすまいと、ふたりの傍に張り付く。
「本当に、保健室へ行ったのかしら？」
「そうだと思うのですけど・・・」
海棠は何故だか歯切れが悪い。
「沢木部長、一体どうなっているんですか？」
助手として連れてきた部員が小声で尋ねてくる。
「つまりね、劇が始まる前に熱を出して倒れた人間が、劇が始まる直前にやって来て、素晴しい
演技をして、劇が終わっちゃったら、また消えちゃったって事らしいわ」
「何故、消えちゃったですか？」
「馬鹿ね。それを確認しに行くところじゃない」
「はあ」
そんな話をしているうちに保健室の前までやって来た。
海棠が戸をノックし、戸を開け保健室へ入った。
その後を、神川が入って行く。
「あ、海棠さん・・・草薙さんを（茜さんと）ふたりで看ていたのだけど、少し前、家の方が
お見えられて、連れて帰られましたよ」
海棠の姿を認めた白衣を着た女性は・・・医者かな？・・・が、話し掛けている。
「伝言も伝えたし・・・私も、もう帰るわね」
・・・と云う事は、草薙陽子はずっと保健室で休んでいたって事だ。
「山科先生、有難う御座いました」
海棠がお礼を述べている。
神川は混乱しているみたいだ。
山科先生と呼ばれた女性に質問する。
「あ、すみません。先生は、（水都君と）ふたりで草薙さんを看ていらっしゃった訳ですよね。
その間、草薙さんが・・・途中、どこかへ行ったという事は・・・」
「ずっと、看てたけど・・・どこへも行かなかったわよ。あの熱だしね。動くのは無理」
「そうですか・・・」
だとすると、あの人魚姫は誰？
「あら、あなたも少し顔色が悪いわね。気分が悪いとか、ない？」
山科先生が神川をみて声をかける。
「だ、大丈夫です」
神川が小さな声で呟くように答える。
「これは、ミステリー・・・というより、スクープね」
そう、草薙陽子でない誰かが人魚姫を演じたということだ。
後半の人魚姫を誰が演じたか・・・『あの美少女は誰！？』ってタイトル。結構、いけそうね。
そうだ、まずは、舞台の写真を確認しよう。
「写真部へ行くわよ。舞台の写真もいっぱい撮ってあるはずだから・・・」
傍に居た部員を連れて保健室を飛び出した。
「それじゃあ、あれは、草薙さん以外の誰かってことだわ」
神川部長が呟く。
「で、でも、そんなバカなこと、ありえない。あれは、草薙さんよ。あの演技は、私が
指導したものだったもの」
神川部長は言ったことを自分で否定した。
「でも、草薙さん、ずっと寝ていたって・・・」
そう言う山守の声は心なしか震えている。
「あ、あまり考えないことにしましょう。火曜日には反省会をしますから・・・」
神川部長は、その場をそう言って締めくくった。
「理・・・理のお誕生会ですけど・・・」
先程まで話していた事など、すっかり忘れてしまいました。とでも言うように麻里亜が言った。
「翠達に話したら、是非、参加したいということなので・・・月曜日にしても、構いませんか？」
「それは構わないけど・・・さっきの話はどうする気？」
「あれは、様子を見ましょう」
様子ってねえ・・・バレたらどうする気？
「この私が罰ゲームをするなどありえません」
表情を読んだのか、麻里亜は澄ました顔で言った。
「それから、お誕生会は午後からですが・・・朝、早めに来て下さい」
「え、何故？」
「陽子さんのお見舞いに行きたいのです」
「はあ・・・」
僕が行ってもいいのだろうか？
「理が行けば、陽子さんが喜びます」
またしても表情を読んだのか、麻里亜は言った。
日曜日は、代役の事が気になりながらも、いつも通りバイトをこなした。
月曜日、学校は土曜日の代休。
麻里亜の家へ行くと、翠さんが迎えてくれた。
「お嬢様がお待ちになっていますよ」
リビングへ行くと麻里亜が手招きをする。
「理、こっちです。ここに座って下さい」
麻里亜はソファに座るように促す。
僕は言われるままに麻里亜の向かい側に腰を下ろした。
「何？」
「今回の舞台は大成功だったと思いますが、いかがでしょう？」
いきなり、何？
「うん・・・良かったと思うけど・・・」
カーテンコールの時の大きな拍手を思い出しながら答える。
「本当ですか？・・・で、では、御褒美を頂けるのですね」
「え・・・ああ・・・」
そんな話、あったような・・・
「それでは、これを私にプレゼントして下さい」
麻里亜は、箱を取り出し開けた。
「あ、それ・・・」
舞台で着けたアクセサリー。
「そうです。理が、使用したものですが・・・とても気に入っています。実は、これ、茜が
デザインしたものなのです」
「へえ・・・」
「今回は違うデザインで３種類ばかり作ってみました。このデザインで、プラチナとゴールドの
２色取り揃えてあります。私はこの色が気に入りました。理が良ければ、プレゼントして下さい」
「え、う、うん・・・」
なんか、高そう・・・
「有難う、理。とても嬉しいです」
麻里亜はそう言いながら、書類をテーブルの上に出した。
「茜に商品化すると言ったら、とても驚いていました。最初の購入者が理で、ユーザーが私と
知ったら茜も喜んでくれるでしょう。それで、これが今月のお給料になりますが・・・」
あ、そうだ、先月はマイナスだったんじゃあ・・・
「今月の分がこれです。先月、マイナス分がありましたから・・・で、こうなります」
「う、うん・・・」
「それから、今回のプレゼント分を天引きにしておきました。勿論、社員割引にしてあります」
「う、うん・・・」
「そうすると、こうなります」
ほっ・・・ゼ、ゼロか。良かった。マイナスでないだけ、マシと言うべきか。
麻里亜のところのアルバイト代が良いから、マイナスではないとは言えるけど、何のために
アルバイトしているのか・・・いや、でも、そのおかげで、どこへも出掛けられないし、使う暇が
無い訳で・・・結果、プラスになっていると言えなくもないか。
「良ければ、ここへサインをお願いします」
麻里亜は事務的に作業を進める。
「う、うん」
サインをすると、麻里亜が言った。
「来月も頑張ってください。それから・・・」
「え、な、何？」
「そんなに緊張しないで下さい。これです」
麻里亜は、また何かを取り出す。
「招待状です」
「は？」
「お祖母様のお誕生日のダンスパーティ・・・」
「ダ、ダンス・・・」
「そうです。招待状を預かっています。一緒に行きましょう」
「で、でも、踊れないけど・・・」
「あ・・・そうでしたね」
そうなんです。
「それついては、ちょっと考えてみます」
予定通り、草薙さんのお見舞いへ出掛ける。
「ここが、草薙さんの家？」
「そうです」
うわっ・・・す、凄い。大名屋敷かと思った。
麻里亜は呼び鈴に手を伸ばす。
すぐにインターホンから反応があり、麻里亜は『海棠です』と返していた。
「海棠様」
「あ、景子さん。陽子さんはどうですか？」
「まだ寝ておられますが・・・気分は良いようです」
「お見舞い・・・大丈夫でしょうか？」
「はい。お嬢様も喜ばれます」
「では、参りましょう」
麻里亜がこっちの向かって言った。
「う、うん」
「あの・・・そちらは？」
「理、自己紹介しなさい」
「水都理です。ええっと、草薙さんとは同じ部活仲間です」
自己紹介と言われてもどう説明すればいいのか、仕方なく部活仲間とした。
「ああ、あなたが・・・陽子お嬢様のお世話をさせて貰っています、星野景子です。あの・・・
お持ちしましょうか？」
「だ、大丈夫です」
実は、お見舞い用の花を持たされている訳で・・・それがとても大きな花束で・・・気になった
らしい。ここで渡してしまったら、手持ち無沙汰というのもあったし。
「お嬢様。海棠様が見えられました」
「は、はい」
長い廊下を案内されて漸く辿り着いた部屋の障子戸を開けて、景子さんは、麻里亜と僕に
部屋へ入るように促す。
草薙さんは、体を起こす・・・まだ寝ているようだ。体調が悪いのだろうか？
草薙さんは麻里亜の後ろに居た僕に気づいた様子。
「え、水都君も一緒ですか？」
「勿論です。理はいつも私の傍に居ます」
草薙さんはお布団の上に正座し、慌てて襟元を直す。麻里亜は、同じように正座すると、
こちらを見て言った。
「理、お見舞いのお花を、陽子さんに」
花の匂いに酔いかけていた僕は、麻里亜に言われるまま、草薙さんの方へ花束を差し出す。
草薙さんは『有難う御座います』と言って花束を受け取った。
「ところで、御身体の方は、大丈夫ですか？」
「はい、すっかり。もう、起きても構わないのですが、祖父がもう一日寝ているようにと・・・」
そこまで言ってから、草薙さんが頭を下げた。
「すみません。舞台を台無しにしてしまって・・・」
「そんなことありません。舞台は大成功です」
「え？」
鳩に豆鉄砲とはこんな事を言うのではないかと思われた。
「特に後半の人魚姫は好評でした。神川部長も指導した通り、演じてくれたと喜んでいました」
「？？？」
「これを見て下さい」
麻里亜が髪を掻き揚げると、イヤリングがきらりと光った。
「そ、それは？」
草薙さんが訊ねる。
「これは、理からの御褒美です。勿論、舞台成功の」
「えっ」
「これで、舞台が成功だった事が本当の事だと分かりましたか？」
草薙さんが頷く。
「それに・・・舞台が失敗したとすれば、謝らなければいけないのは、私の方です」
「いえ、そんな事は・・・」
「これは、後半の人魚姫が着けていた物です。私がお貸ししました。ちなみに、茜がデザイン
したものです」
「え、茜さん？」
麻里亜が頷く。
「ほ、欲しいっ」
草薙さんが叫んだ。
「昨日から、一階のお店に・・・茜コーナーで販売しています。毎月一点ずつデザインを
増やしていく予定にしています」
へえ・・・そうだったんだ。
「それから、学生服で来店し、学生証を提示すれば、学割がききます」
はあ？学割？
「で、でも、御褒美・・・」
「何を言っているのです。私は舞台の前から約束をしていたのです！」
そこへ景子さんの声がした。
「お嬢様、山守様と北城様がお見えです」
「は、はい」
北城と山守が入ってくる。
「なんのお話をしておられたのでしょう？とても、楽しそうでしたが・・・」
「ご様子から拝見しますと・・・とても、お元気そうですね」
ふたりは、草薙さんを見て、微笑んだ。
「ああ、それから、景子さんにお見舞いのお菓子をお渡ししておきました」
「あ、私もです」
「有難う御座います。北城さんと山守さんは、麻里亜さんより、気が利きます」
「何ですって」
「お花は、食べられません」
「そうですか・・・理に相談したら、お花が良いのではと言ったのです」
「えっ！あ、あの・・・お見舞いには、お花が定番です。こ、この花なんか、とても良いです」
「それを選んだのは、私です」
「え、あ、えっと・・・」
「麻里亜、そのくらいにしておいたら？」
「これは、陽子さんの問題です」
「すみません。私の負けです」
草薙さんがペコリと頭を下げる。
「当然です」
「ところで、何のお話だったのでしょう？」
ふたりのやり取りを聞いて、クスクス笑っていた山守が尋ねる。
「アクセサリーについて、です。人魚姫を演じていた時に着けていた・・・」
草薙さんが答えると、麻里亜が、再び、髪を掻き揚げる。
「あ、そ、それです」
山守が指差す。
「間違いありません。舞台の時、人魚姫が着けていました」
草薙さんが山守の言葉に頷き、続けた。
「それは、麻里亜さんに借りて着けていたもので、茜さんがデザインしたものだそうです」
「「あ、茜さん？」」
ふたりは同時に叫んだ。
「昨日から、一階のお店・・・茜コーナーで販売しています。と、いう話をしていたのです」
「麻里亜さんのマンションの一階のお店・・・ですか」
「それから、学生服で来店し、学生証を提示すれば、学割がききます。という話もしていました」
「学割ですか？」
「はい。それから、毎月一点ずつデザインを増やしていく予定。という話もしました」
「今は何種類くらいあるのですか？」
「デザインは、３種類です。夫々、プラチナとゴールドがあります」
麻里亜の説明に北城と山守が呟く。
「プラチナと・・・ゴールド」
「学生服で、学割・・・ですね」
着替えてから見に行きましょうとふたりは話し合っていた。
「ところで、草薙さんは、公演の事、覚えていますか？」
北城が質問する。
「い、いえ・・・熱で、ボーっとしていましたから・・・頭の中では一生懸命、演技やダンスを
していたのですが・・・」
「ああ、そうでした。ダンスといえば・・・今年も参加ください」
麻里亜は、ポーチから招待状を取り出し、３人に手渡した。
「ダンスパーティのですか？これ、楽しみにしていたのです」
「是非、参加させて頂きます」
「・・・」
他のふたりに対し、草薙さんだけ無言。
「でも、麻里亜さん達、踊らないじゃないですか」
「そうですよ。去年は振袖なんか着て・・・」
「それで、今年はふたりに合せて和服で参加しようか、なんていう殿方も居られるとか・・・」
「え！」
草薙さんは驚きの声を上げる。
「今年は、ちゃんと踊ります。勿論、陽子さんもです」
「え？」
草薙さん、目を白黒。いやあ、悪いと思いつつ、見ているとどこまで面白い、というか・・・。
「お祖母様からも注意を受けています」
突然、麻里亜が言い出した。
「あ、そうです。理、庭を見せて貰っては・・・加奈子さん達が案内してくれます」
「はい？」
なんだ、それ？
「まあ、構いませんが・・・」
「良いですけど・・・」
意味が分からないのに、話だけは進んでいく。
「加奈子さん、絵里香さん、それでは、お願いします」
「あの、麻里亜？」
北城と山守は両側から腕を取る。
「それでは参りましょう」
「ちょっと・・・」
これじゃあ、どこかへ連行される囚人みたいじゃないか。
庭へ出ると北城が言った。
「あのふたり・・・何か相談があるのです。ふたりにさせてあげましょう」
相談？
「去年もふたりで相談していました。今年は、何をしてくれるのでしょう」
山守が、クスクス笑いながら答える。
「去年が、振袖ですからねえ・・・今年は、十二単とか？」
「でも、今年は踊るって言ってましたよ」
「まさか、歌舞伎・・・とか？」
「まさか・・・」
ふたりは僕を挟んで会話してる。
「しかし・・・やはり、演じていたのは草薙さんのようですね」
北城の声が真面目になる。
「そのようです。一体どうなっているのでしょうか？」
「わかりませんが、あの、アクセサリーの事も知っていましたし・・・」
「ええ・・・」
いきなり、こんな話になるとは・・・
「水都君はどう思いますか？」
「草薙さんを、ずっと、看病していたのでしょう？」
「あ、いや、分からない」
「そうですよね」
「ありえないことですから・・・」
「と、云う事は・・・誰かが嘘をついていると・・・」
まずい、この話題を変えないと・・・。
「あ、あの、に、庭を案内してくれるんじゃなかったの？」
「えっ・・・してますけど？」
「なんか、どこかへ連行されているよう様なかんじなんだけど・・・」
「これは、両手に華って言うのですよ。世間では」
「不満なのですか？」
「別にそういう訳じゃ・・・それじゃあ、庭の説明くらい・・・」
「そうでうねえ・・・では、ここが草薙家のお庭です。あそこに見えているのが池です」
「池には、鯉が泳いでいるようです。が、何匹いるのかは分かりません」
「それから、あちらに見えている木は松の木です」
「かなり老木だと思われます。が、樹齢は何年かは不明です」
「その向こうに見えるのが桜の木です」
「春にお邪魔した時にはきれいに咲いていました。が、種類までは知りません」
「・・・」
「加奈子さん、嘘を言っているとすると誰なのでしょうか？」
「あの場では、誰も嘘を言っている様には思えませんでしたが、絵里香さんはどう思われます？」
「草薙さんが嘘を言っているようには見えませんね」
いつの間にか元の話題に戻っている。
「あ、あの・・・草薙さんだけが、何故、草薙さんなの？」
「え？」
「ほら、麻里亜だけが、よ、陽子さんって呼んで、ふたりは、草薙さん、でしょう？」
「ああ、それは、タイミング・・・でしょうか？」
「そうですねえ。今までは同じ部活でもなかったし・・・機会がなかったのです」
「う〜ん、陽子さん・・・ですか。それも良いかもしれませんね」
北城が少し考えるように言うと
「それに・・・理さんですか？」
山守がいたずらっ子のように付け加えた。
「ち、ちょっと・・・」
「まあ、それは面白いかも・・・そうすると、私達のことは、加奈子さん、絵里香さんになる訳
ですね」
「だから、それは・・・」
「ちゃんと、呼んで下さいね」
「呼んで下さらなければ、お返事致しませんから・・・」
なんで、こうなるんだ？話題を変えようとしただけなのに・・・。
「そこの少年。ちょっと、手伝ってくれんか？」
「え？」
「ただいま、戻りました」
「相談は、お済みですか？」
陽子お嬢様と海棠のお嬢様にお茶を入れたところへ北城のお嬢様と山守のお嬢様が、庭の散歩
から戻られた。お嬢様の話では水都様・・・お嬢様がとても気に入られたという・・・を案内
して貰っているという事だが、姿が見えない。
気になって尋ねようと思った時、海棠のお嬢様が先に口を開いた。
「理は、どうしました？」
「理さんは、散歩の途中、庭師の格好をしたものに拉致されてしまいました」
「理さん？拉致？どういうことです？」
蒼褪める海棠のお嬢様。
「私、探してきます」
海棠のお嬢様がすくっと立ち上がった。今にも庭へ飛び出していきそうな勢いだ。
「か、海棠様。ここは草薙家の屋敷内。不審者が侵入するなど有り得るはずが御座いません。
私が見て参りますので暫くお待ち願いますか？」
海棠のお嬢様の不安げな様子に、つい口を出してしまった。
「で、でも・・・景子さん・・・」
「大丈夫で御座います」
ここは先ほど言った様に屋敷内であるし、３人一緒にいて１人だけさらって行く等という事が
あるだろうか？
１人だけが目的であったとしても、そんな非常事態に、北城と山守のお嬢様がこんなにのんびり
しているだろうか?
「北城様。山守様。水都様を連れて行ったのはどのような風体の人でしたか？」
「そうねえ・・・お髭がりっぱな・・・」
北城と山守のお嬢様が髭を触る動作に、陽子お嬢様と見詰め合ってしまった。
「あ、あなた方は・・・・」
海棠のお嬢様が拳を握り締めた。
第１７話 終了
