北城がいきなり手首を掴んだ。
正直、びっくりした。麻里亜も立ち止まって、こっちを見ている。
「着替えの手伝いについてゆく気？」
北城が真面目な顔で言う。
「じょ、冗談はやめろよ！」
とんでもない邪推をされて、思わず叫んでしまった。
「じゃあ、何で一緒に行くの？」
「ちゅ、昼食の準備だよ。そろそろ戻るつもりだったし」
「ふーん、私は『私達の昼食もあるよね？』って言いたかっただけ」
この台詞に麻里亜は馬鹿馬鹿しいって云う顔をしてさっさと休憩室を出て行ってしまった。
麻里亜の姿が見えなくなると、北城は腕時計をチラッと見た後、ボソッと呟いた。
「１１時過ぎか。よし、これで３０分くらいは戻ってこないはず」
「え、何？」
着替えてくるだけなら１０分もあれば充分だろう。自分だったら５分もあれば戻って来るぞ。
「うん。つまり、遅めの昼食になるって事ね。少しくらい冷めても美味しいメニューを考えてね」
「何で」
今からメニューを考えて作る訳じゃないぞ。材料は翠さん達が前以って準備してくれているんだ。
ってか、もう食べてくつもりになっているし。
「種を蒔いたからね」
「はあ？」
何言ってるんだか・・・と、それより、手を上げて北城に見せる。
「いつまで、手首を掴んでいるんだ」
手を掴まれても、ドキドキ感もないし。
『あ、忘れてた』とか言いながら北城は手を離し、笑顔になった。
「？」
「ところで、理さんにお願いがあるんだけど・・・」
な、なんか、声の調子も変わったぞ。手も合わせてるし。娘が父親におねだりするのって、
こんな感じ？・・・で、何を企んでるんだ、北城は。
「メニューのことは、『お願い』なんかしてもダメだぞ。材料は決まってるんだから」
「違ーう」
北城はピョンピョン跳ねながら否定した。
「お願いって言うのは、若葉公演のミステリーの件なんだけど・・・」
「・・・」
「麻里亜さん、お祖母様の誕生日の事で手一杯だから、麻里亜さんが話にのって来ないのは
予想はしていたんだけど・・・理さんに真相解明を手伝って欲しいの」
「あ、あれは、草薙さんだったって・・・神川部長も、この件は考えないって・・・」
・・・・・・
そう、あれは、火曜日の放課後。皆が部室へ集まった。風邪から回復した草薙さんも一緒だ。
「それでは、若葉公演の反省会を始めます」
神川部長が着席した１年生部員を前に話し始めた。予め、劇を見た先輩たちの意見はまとめて
あるようで、神川部長は、手に数枚の紙を持っていた。１年生部員と言ってもいつもの５人だけ
なんだけどね。
「今回の公演、多少の問題はあったようですが、点数をつければ８０点は取れているでしょう」
１年生部員はその言葉に一様にほっとした。
「まず、前半ですが、北城さんと山守さん、練習通り出来ていましたよ。強いて言えば・・・」
「部長、大変です！新聞部が号外を出しています」
そんな声と共に２年生の部員が学校新聞を握り締めて部室へ飛び込んで来た。
「号外？」
話を中断して神川部長は新聞に目を通す。
持ってきた号外の見出しを見ると『６月臨時増刊号 若葉公演のミステリー（演劇部の怪）』と
ある。サブタイトルまで付いているじゃないか。
記事は、演劇部公演の後半の人魚姫が誰かを論じている。後半の人魚姫である草薙さんが
熱を出して保健室で寝ていた事。その草薙さんが舞台を演じていた事の矛盾が新聞部の取材で
判明したこと。結果として、生霊ではないかとの推測が記されていた。
最後にはもっと詳しく調査し報告すると結んであった。
「あの演技は、私が草薙さんに指導したものです。そ、そんなオカルト的な事が起こるはずが
ありません・・・草薙さんは、始めての舞台にしては上出来でした」
部長は、草薙さんに微笑みかけた。
「私・・・よく覚えていません・・・」
と、草薙さん。
「と、兎に角・・・この件は、これまでにしましょう。生霊なんて、とんでもない事だわ。新聞部の
事は、放っておきましょう」
神川部長も、こう言って反省会を強制的に終わらせてしまった。
・・・・・・
「草薙さんじゃなく、『陽子さん』でしょう」
北城の声で我に返った。
「結果は、それでも構わないんだけど、証拠よね・・・新聞部も得た情報は教えてくれるって
言ってるし」
「情報？」
「そう、次も号外らしくて、本気で特集組むみたいだし、他の専門知識を持った部にも協力を
依頼しているって話。それから、なんか、生徒会もこの件、内々に調査するらしいっていうから」
「せ、生徒会？専門知識？」
よく分らないが、大事になっているのは確かだ。
「どうかな？」
「んー」
断ったら、断っただけど・・・変なところからバレでもしたら嫌だな。情報を貰いながら
変な方向へ行かないようにコントロールした方が良いかもしれない。
「手伝うって、何をすればいいんだ？」
「え、やってくれるの？」
北城は少し驚いたようだった。頼んでおいて、驚くとはどう云う事だ？
こっちの思った事が伝わったのか、北城が先に白状した。
「見返りでも要求されるかと思った・・・」
「見返り？」
「あ、でも、見返りは、もう渡してあるつもり。さっきの罰ゲーム行使権ね」
「罰ゲーム行使権？」
ああ、麻里亜へのか。
「麻里亜さんへの罰ゲームなんて、すごく貴重なのよ。麻里亜さん、めったに負ける事ないから」
負ける事がない？・・・ってことは、北城達がずっと負け続けている？言い換えれば、負けても
負けても挑戦し続けているってことか。だから、あれだけ権利に拘ってたのか。
そう思うと、少し可哀相になってきた。
「賭け、頑張れよ」
「え？・・・あ、ありがと」
あれ？そんなことより、北城達は何故、新聞部に協力するんだ？
まさか、興味だけで新聞部に協力するなんてないだろう。
あれだけ、賭けの権利に拘ったんだから、何かあるはず。
「取材協力して、いい事あるのか?」
「え、まあね。優先的に取材してくれるって言うし」
なるほどね、そーゆーことか。
「見返りって言うけどさ、行使権なんて貰っても使う予定もないし、見返りって感じじゃないけどな」
北城の顔色が変わった。
「え、まさか・・・別の見返りを要求する気？」
北城が両手を胸のところで交差させ後ずさりする。
「？」
「ま、まさか・・・私？」
ガクッ
完全に全身の力が抜けた。両手を床についてへたり込んだ。
「ありがとう。そのリアクション」
北城が傍へ来てしゃがむ。
最近、真美姉に鍛えられていなかったからか、油断した。こいつの性格、真美姉にそっくりかも。
真美姉だと思えば、それなりに対応も出来る。
顔を上げると、笑顔の北城の顔があった。それは、思い描いてた通りのリアクションだったのか、
非常に満足って顔してた。
「実際、そのくらいの事、要求しても構わないよね」
真面目な声で言うと、北城の笑顔が消えた。
「さ、理さん？」
「やはり、それが妥当な権利だと思うけどな。北城」
「『加奈子』です」
「うっ」
調子狂うな。こんな所で訂正なんか入れるなよ。でも、それも、こいつの作戦か。
「そう思うだろう・・・加奈子さんも」
ここは、軽く流してみる。
「でも・・・理さんがそんな人だなんて・・・」
「この件、絵理香さんも係わっているの？」
「えっ、じゃあ、絵理香さんにも・・・」
山守の事を思ってなのか、北城が言葉を詰まらせた。が、やがて、力無く言った。
「その条件で、手伝ってくれるのね。でも、麻里亜には言わないでね」
「ああ」
「でもね、麻里亜さんへの罰ゲームの行使権も譲渡したし、私と絵理香さん、ふたり分なんだし、
その辺、考慮してよね。罰ゲームの内容」
北城が最後まで抵抗を試みる。
「分ってる。でも、加奈子さんと絵理香さんに協力するのに、麻里亜への罰ゲームはどう見ても、
おかしいだろう？ふたりへの罰ゲームなら、内容的に納得出来る」
本当は罰ゲームなんか、考えていないけど。
「ちえっ・・・これだから、頭のいい奴は・・・」
「何か言った？」
「ううん、何も・・・私も絵理香さんも罰ゲームには慣れてるし・・・ああ、でも、絵理香さんに
なんて言おう・・・」
北城が頭を抱える。北城、山守に無断で罰ゲーム決めた事の言い訳、考えているんだろうな。
罰ゲームの予定はないけど、これくらいの脅しは必要だな。
「でも、理さんが協力してくれるんだから・・・麻里亜さんも、理さんの言う事なら、よく聞くし」
北城はぶつぶつ言いながら休憩室の出口に向かう。
「ところで、麻里亜とはどこまで行ってるの？」
北城が突然振り向いて言った。
「そんな質問に答える義務はない」
そんな事言えるか。と、きっぱり答える。
「ふーん、やっぱり、喋る訳ないか」
当たり前だ。実際、進展ないし・・・こいつら、あってもなくても酒の肴にするだけだし。
「でも、少しは私達に感謝して欲しいんだけど」
「何故？」
「麻里亜さんが恋人を作るきっかけを作ったのが私達だから」
「それは？」
「うん。その、めったに勝てない賭けに勝って。高等部に入って３ヶ月以内に恋人が出来なかったら
もっとすごい罰ゲームする事になってたのに・・・そっちは、ちょっと残念だけど」
なんと迷惑な・・・その為に脅されたんだぞ。こっちは。
「だからさあ、罰ゲーム考慮してね」
こっちの事情を知らない北城は重ねて罰ゲームの軽減を頼む。
「ああ、でも、絵理香さんになんて言おう・・・」
北城は頭を抱える。山守への話し方は、まだ迷ってるようだ。
「やはり『将を射んとせばまず馬を射よ』ね。それで行こうっと」
休憩室出口で、ぼそっと北城が呟いた。
ん！・・・馬って俺の事？もしかすると麻里亜を手伝わせるための手段？
何かいい罰ゲームはないかと考えながら部屋へ戻る。
リビングのドアを開けると、麻里亜が床の上に何かを並べて座っていた。
いや、既に更衣室へ行って着替え、泳ぎに行ってしまったものと思ってた。
「ま、麻里亜・・・」
声を掛けると、麻里亜はビクッっと肩を振るわせ並べていたものを慌てて掻き集めた。
まるで悪戯がバレた子供の様。頭の隅に電子レンジと玉子が浮かんだ。
「何してるの？」
恐る恐る訊いてみる。
麻里亜は首だけ振り向いて言った。
「どれにするか、決まんないのぉ〜」
何のことはない。着る水着が決まらないらしい。
麻里亜が言うには、考えて５着まで絞ったけれど、それから先が進まないとの事だ。
５着？
「そ、そうなんだ。た、大変だね」
こーゆーのには、係わらない方がいい。真美姉に厭というほど教わった。
こーゆーのに係わると、迷路、悪循環、そして出口なし。茶色の昆虫も真っ青。
その茶色の昆虫の様にサササ・・・ッと、麻里亜の後ろを通ってキッチンに入ろうとしたら、
すかさず、麻里亜が言った。
「理、今、私はとても困っています。いつもの様に助けて下さい」
「助け、必要なの？」
「はい」
「それで・・・助けるって？」
「一緒に選んで下さい」
やっぱり。こういうのから、逃れられないのか。
麻里亜が、水着を目の前に並べる。
さっきは隠したくせに・・・この辺が女の子の理解出来ない所なんだよな。
「何か?」
不審な挙動でもしたのだろうか、麻里亜に問い詰められる。
「べ、別に。で、考えてって？」
「はい。まず色ですが、加奈子さんは白で絵理香さんが赤と白のボーダー柄で遠目にはピンクに
見えました。陽子さんは青系。それから、形ですが、加奈子さんと絵理香さんがビキニで
陽子さんがワンピースです。加奈子さん、絵理香さん共にフリフリの可愛い系でパレオ付き
でした。陽子さんも胸にフリフリが付いてて、加奈子さんと絵理香さんは、胸にもリボンが付いて
いました。それから・・・」
細かい所まで観察してるなあ・・・ってそうじゃなくて。
「ちょっと待って。それはいいから、麻里亜の言う考えが聞きたい」
「つまり、被らない様にしたいって言う事です」
床に並べてあるものを見ると・・・言っている事とやってる事が違わないか？
形までは分らないが、色は似たようなのが並んでるぞ。
いや、よく見ると、形だって・・・
「これ、山守が着ていたのに似てないか？」
ピンクで、フリル付きのビキニ。しかも胸にリボンで、パレオ付き。
「それは、１番のお気に入りです。しかし、絵理香さんが・・・」
「じゃあ、これは？」
「それは、第２候補。しかし、加奈子さんが・・・」
確かに、白だし。パレオと縁取りが・・・否、待てよ。
「賭けとかして泳いだりするのか?」
重要なのは、こっちだ。
「賭けなんかしませんけど・・・なんですか、それは？」
「だったら、麻里亜が着たいのを選んだらいいと思う」
「・・・そうですね。それも、選択肢の一つですね」
うん。と、頷いてみせると、麻里亜は、１番のお気に入りと言ったのを手に取った。
「似合いますか？」
「う、うん。似合う・・・（と思う）」
着てるところ見てるわけじゃないし。
「理が言うのなら間違いないでしょう。今回はこの５着だけ頂いて、後は返しましょう」
返す？今回？５着だけ？何、言っているんだ？
「後は返すって？」
よく見ると、横にダンボール箱がいくつか置いてあった。
「在庫ある分を、下のお店から借りたので」
「あ、そうなんだ」
そ、それは・・・か、考えるのやめよう。
「あ、理、お昼は、延びきったラーメンか、具なし焼きそばか、肉なしカレーがいいです」
「は、はい？」
「きっと、皆、喜びます」
麻里亜は、笑顔を残して、部屋を出て行った。
結局、遊びたかったんじゃないのか？
延びきったラーメン？具なしの焼きそば？肉なしカレー？食材、チェックしないと・・・
あー、もー、なんか・・・まだ、食事も作ってないのに凄く疲れた。
インターホンで食事が出来た事を告げると、麻里亜達は着替えて降りて来た。
麻里亜と山守はプール以前と同じ服装だったが、北城が私服に、草薙さんは浴衣に
変わっていた。
「急ぎ降りてきたので、髪がまだ湿っています。理、ドライヤーをかけて下さい」
「はあ？」
「理の為に急いで降りて来たのです。その位、サービスして下さい」
「何を言っている。意味が判らない」
と言っているのに、麻里亜は聞こえない振りしてドライヤーを手渡し、鏡台の椅子に座る。
「はー」
溜息をつきながらドライヤーをかける。これも仕事の内なのか？翠さん達は・・・やってたかも。
と言う事は、これも仕事？
麻里亜の髪は細いので乾くの結構早い。熱風と冷風をうまく切り替えながら、手櫛で、
ボリュームをつけながら乾かしていくと、案の定３分程で終わった。
「終わったよ」
麻里亜に告げると鏡台の抽斗からシュシュをして渡す取り出す。
髪を束ねると『ご苦労様でした』と満足そうな返事が返ってきた。
「次、私」
と言って、さっと、椅子に座った奴がいる。
「よ、陽子さん！」
麻里亜は慌てたが草薙さんは『サービス、サービス』と言って動こうとしない。
やれやれ・・・
草薙さんの髪は黒くてコシがあってサラサラのストレート。でも、ドライヤーをかけはじめて
気が付いた。草薙さん、タオルでしっかり水分とってないだろう。
浴衣の襟、湿っているし、ここは、纏め髪で・・・
結局、麻里亜より時間がかかってしまった。草薙さんが椅子から立つと北城が言った。
「絵理香さん、私が先でもよろしいかしら？」
って、お前もか、北城。
自分の櫛まで用意してきてるし。麻里亜を見ると、もう諦め顔になっていた。
北城の髪を櫛で梳きながら、ドライヤーかけをする。
北城の髪は茶色っぽいし、くせっ毛。カールしているから、引っかからないように注意する。
「道具係りだけじゃなく、メイク係りとかもやってくれない？」
「そーゆー冗談はやめろ」
「冗談じゃないんだけど・・・こんな細くて長い指してるし、適任だと思うけど」
と言って手首を掴む。
「手首、掴むなよ」
「だって、掴みやすいんだもん。細くて」
「あー、はいはい。北城、終わりな」
「『加奈子』！」
「はい、はい。加奈子さん、終わり」
名前を覚えてくれないとか、ぶつぶつ言いながら立ち上がり席を空ける。
次は、山守か。ここまできたら公平に行かないと・・・
「？」
「私は・・・」
「絵理香さん、早く。ご飯冷めちゃうよ」
「は、はい」
北城に急き立てられ、山守は椅子に座った。
山守の髪は少し茶色っぽいが、基本ストレート。でも、少しウエーブがかかっている。
「もしかして、三つ編み？」
「え、何で分るんですか?」
真美姉が一時期、髪を伸ばしていた時期があって、三つ編みも編まされたし・・・
山守は、家では三つ編みらしい。子供っぽく見られるらしく、外ではしないのだとか。
山守って、北城と一緒だとノリノリで、話してくるけど、一人だとおとなしいみたいだ。
真美姉のおかげで、女の子とまったく話せないってことはなかったけど、ここまで普通に
話せるとは思わなかった。本当に普通かって言われると自信はないが・・・
これって、麻里亜のおかげと言えるのか・・・単に慣れなのか・・・
４人とも髪長いし、ドライヤーがけ、結構かかってしまった。
「こんなところかな・・・・」
「はい。ありがとうございました」
ドライヤーを片付けながら麻里亜のいる方を眺めると、食事の席決めをしている様だった。
ドライヤーを鏡台の上に置くと傍にいた山守が『失礼します』と言っていきなり左手を取った。
「え？」
最近、人の手を取ったり、手首を掴んだりするのが流行っているのか？
山守が首を傾げる。
「何？」
「いえ、本当に指細いですね」
何を、考えてるのか？・・・こいつら、やっぱり、訳分らん。
兎に角、食事の準備。
何だ？今度は、席決めで揉めている？
本当に揉め事の絶えない奴等だ。
「私、どこでもいい」
草薙さんが言う。
「仕方ありません。今回は、麻里亜さんの指示に従います」
今ばかりなのでよく分らないが、兎に角、席決めは何とか決まったって事の様だ。
「絵理香さんは、こちらの席です。理は、私の横へ」
一緒に座っていたって食事は出てこない。仕事、仕事。
メニューは、カレー。麺の在庫がなかったし。
草薙さんは泳ぎ疲れたのか、ぐったりいてるし、山守は、その草薙さんの手を握っている。
「？」
やっぱり、流行っているのか？
準備が出来ると、麻里亜が言った。
「今日は、思い出のカレーです。頂きましょう」
お祈りも早々に食べ始める。
「このカレー、『美味しくない』に、なっていませんが・・・」
一口食べるや否や麻里亜が言った。
「でも、肉は入ってませんね。その辺は合格点を挙げましょう。しかし、このたっぷりお野菜は
減点に値します」
一口食べた北城が感想を述べる。
「理・・・理には、浜茶屋のシェフは無理です。諦めなさい」
そんなものは、目指していない。
この４人が海に行った時の食べた昼食が、このメニューを思いついた原因らしい。
話を聞いていると、麻里亜と北城がカレーで、山守が焼きそばで草薙さんがラーメンのようだ。
否、そんな事はどうでもいいが、肉なし⇒ダイエット⇒野菜 とまで考えたのに。
予想が違った。考え過ぎてしまったらしい。
「おかわり・・・お願いします」
無言で食べていた草薙さん・・・早い。
二皿目を渡すと無言のまま、再び食べ始める。
無言でいるもう一人は、なにやら考え事中の様だ。
騒がしいのは、麻里亜と北城。
北城がテーブルを叩いた拍子にスプーンが宙を舞った。
「あっ！」
手がお皿に乗せてあったスプーンの柄に触れたのだろう、それは見事に回転しながら、隣の席の
草薙さんへ。しかし、その草薙さんは絶妙のタイミングでスプーンをかわす。
１番不幸だったのは、ぼーっとしていた山守。ブラウスの胸の辺りに当り床に落ちた。
なんて日なんだ、今日は。
第１９話 終了
