「ご、ごめんねっ、絵理香！」
何が起こったか認識出来ていない様子の山守と対照的にパニックに陥る北城。
手にしたハンカチで一生懸命汚れを拭き取ろうとしている。
急いで取って来た濡れタオルを渡すと、北城はそれを手に取り汚れを拭き取り
始めた。
「ダ、ダメだわ・・・絵理香、早く、服脱いで！」
そう言って山守の服を脱がしに掛かる。
「えっ」
ちょっと待てよ。この状況じゃ不味いだろう。早く、廊下へでも退避しなきゃと
思った時、漸く、現実世界に戻ってきたのか、山守がこっちを見て叫んだ。
「嫌っ！」
濡れ衣だ！と思いながら、北城を押し留める。
「お、落ち着け！北城」
しかし、『シミ、落ちない』と言って振り返った北城の顔は既に半泣き。
「山守、着替えは持ってる？」
問い掛けると、山守は首を横に振るし、北城は『水着なら、あるはず』と答える。
こいつ、全く使い物にならない。
「麻里亜、着替えの服、貸して貰える？」
麻里亜は頷くと自分の部屋へ服を取りに向かった。
「山守は、そこの和室で着替えて。今、麻里亜が着替えもって行くから」
北城は、山守を連れて和室の方へ移動した。
しかし・・・シミ抜きは専門外だな。特にカレーのシミは厄介だし。
今回は非常事態ということで・・・
「ああ、これなら何とかなりそうです」
受け取った制服のブラウスとスカートを見て茜さんは言った。
「お、お願いします・・・」
北城が頭を下げる。これは余程責任を感じているようだ。
「やってみますね」
茜さんは制服を持って部屋を出て行った。
「ところで、麻里亜は？」
「着替えを取りに行ったきり、戻って来ないけど・・・」
北城が答える。
「戻ってこない？」
一体全体、何やっているんだ？
麻里亜の部屋へ行き、ドアをノックするが、返事がない。
再びノックしてみるが、やはり、返事がない。
もうひとつの方か?
麻里亜が通常使っている部屋の反対側にも扉がある。
移動して、ドアをノックすると返事があった。
「はい」
ドアを開けると、麻里亜が床の上に服を並べて座っていた。
麻里亜が使っている部屋より広いぞ。しかも、服がいっぱい。
「麻里亜、何してるの？」
恐る恐る訊いてみる。
麻里亜は首だけ振り向いて言った。
「どれにするか、決まんないのぉ〜」
数時間前の再現か？
「一時的なのだし、どれでもいいのでは？」
「そんな訳にはいきません。絵理香さんは、いつもきっちりしていますから」
「そんなものなのか？」
先程の水着選びと違って、麻里亜は時々服を取りに行ったり戻したりしている。
着替えを待ってる山守のことを考えれば、ここは、急ぐべきだ。
「山守に似合いそうなのを選べば？」
麻里亜の後ろから声を掛けると振り向いて麻里亜が言った。
「どれがいいですか？」
「それは？」
麻里亜が並べていた服の中から、比較的明るい色のワンピースを指差す。
「これですか？・・・絵理香さんが着ている服の中では、あまり見掛けない色です」
「えっ・・・そうなの？」
山守の好みなんて知らないし。
「こういうのが、理の好みですか？」
「いや、あの・・・それ、麻里亜も似合うと思って選んだんじゃ・・・」
「それは、そうなのですが・・・」
「・・・」
どうしろと言うんだ。
・・・・・・
麻里亜の言葉とオーバーラップして、真美姉の顔が浮かんでくる。
『理は、どっちが良いと思う?』
『そんなの、分らないよ』
『わー、理、優柔不断』
『何だよ。じゃあ、こっち』
『へー、理は、こーゆーのが好きなの？結構、＊＊＊（その時に応じて色々な
言葉が入る）なのね』
『人に決めさせて、それはないだろう』
『まあ、いいわ。理がそーゆーならこれにするから』
『何だよ、それ！』
・・・・・・
頭を振って幻を打ち消す。
「それじゃあ、麻里亜の意見は？」
「似合うとは思いますが・・・」
「それなら、とりあえず、着て貰ったら？」
「試着ですね」
という事で、麻里亜の背中を押して皆のところへ移動。
麻里亜は、服を持って
「これ、どうでしょう？」
「・・・・・・」
「絵理香さんに似合うと思うのですが・・・」
「・・・・・・」
「理も似合うと・・・」
「えー、そうなの？」
麻里亜と北城の声だけが響いてくる。
僕が一人で選んだ訳じゃないからなと思いながら、和室から漏れ聞こえてくる
会話から判断すると、多分大丈夫だろう。
そろそろ、片付けようかと振り向くと、其処にはお皿を持った少女が・・・
「おかわり・・・」
「あ、はい。今、すぐに・・・」
って、あれ？さっき・・・勘違いかな？
草薙さんにおかわりを渡す頃には山守も和室から出て来た。
「どうでしょう・・・」
俯き加減で山守が訊いてくる。
「うん、似合ってる」
「本当ですか？」
「だから、理さんに衣裳係やって貰おうって言ってたでしょう」
おい、北城。さっきはメイク係りだと言っていたぞ。
「そうですね。理であれば、衣裳係くらいこなせるかもしれませんね」
「ええ」
「じゃあ、決定」
北城が宣言すると、皆から笑い声が漏れた。
「麻里亜、お茶にする？」
「ええ、そうしましょう」
麻里亜が同意する。
お茶が入る頃には、草薙さんも食事は終えていた。
「シミ抜きの方は茜に頼んだのですね。では、安心です」
「茜さん、何でも出来るのね」
「茜から、研修で教わったと聞きました。それに、ここには道具も揃えて
ありますから」
麻里亜の話を聞き、あー、やっぱり、茜さんに頼んで正解だったなあと
思いながら、紅茶を入れる。
「しかし、昼食のメニューを指定した手前、私としても責任を感じます」
「私も、今回は焦りまくりでした。麻里亜さんが着替えを取りに行って、
なかなか戻らないのには焦りました」
さっきの事は忘れてしまったかの様に話す北城。
「私の事は兎も角、加奈子さんは信じられないくらい冷静さを失って
いましたものね」
「そんなことはないです。私は、いつも冷静に対処していますけど」
麻里亜の言葉に反論する北城。
「そうですか？加奈子さん、理が居るのも構わず、焦って絵理香さんの服を
無理やり脱がそうとしていましたもの」
「あ、あれは・・・染みが落とせなくなるかと思い急いでいたのと、脱いで
貰った方が拭き取り易いかなと考えての行動です」
「そうですか、あの状態が冷静に対処していたとは思えませんが・・・」
「なっ・・・わ、私は・・・」
「本当は、ただ単に脱がすのが好きなのではありませんか？」
なんて会話してるんだ。こいつらに憧れている奴等に今交わされている
この会話を聞かせてやりたい。
聞いたところによると、ファンクラブみたいなものが存在しているらしいが。
「コホン。それは、皆さんの覚悟を確認したまでのこと」
北城が咳払いひとつして、冷静さを装い言い切った。
「覚悟？」
「私達は舞台女優です。舞台袖で着替えなければならない事もあります」
それ、以前に誰かが言ってたぞ。それから、男子禁制だとも。
「それがどうかしましたか？」
「女優であれば、着替えくらい冷静にこなせなければいけません」
おーい、北城、いっている意味が分からないぞ。
「女優として、私達の覚悟が足りないとでも？」
麻里亜は私達とは言ったが、自分の事として受け止めている様だ。
山守は自分の覚悟が足りないと言われたと思っていそうだし。
大体、服を脱がそうとしただけで、どうしてこんな話になるのかも分らない。
話がどっちへ転がっていくのかも予想できないし。
ああ、やっぱり、山守は訳が分っていない。一生懸命、首を傾げて考えている。
もう一人は会話にも参加していないし。
「さあ・・・どうでしょうか？」
「では、加奈子さんにはあると言う事ですね」
「あ・・・あるに決まっています。私は女優ですから」
「では、加奈子さんは覚悟と言われましたが、どのような事を指していますか？」
「例えば・・・例えば・・・そう、例えば、演目にキスシーンがある場合とか」
「別に、大した事ではないではないですか。ねえ、絵里香さん」
頷いた山守は北城に向かって言った。
「中等部の時、王子様役の加奈子さんとキスシーンをやりましたけど・・・」
「違う、違う。フリじゃなくって、リアルに」
強く首を振って答える北城に山守が言葉を繰り返した。
「リアル・・・ですか？」
「それは、見ず知らずの相手役とフリではなく、本当にキス出来るか
という意味ですか？」
麻里亜が、訊ねると『私、無理』と山守が首を横に振る。
「私も出来ません。如何にそれらしく見せるようには努力しますが、
もし間違って少しでも唇に触れようものなら、その時は相手役を殺します」
そう言って麻里亜は拳を握り締める。
麻里亜の周りは、死人だらけだなと思って、麻里亜、山守、北城の顔を見ると
３人共、頷いている。
おい、北城。質問したお前が頷くな。
隣のもう一人は・・・ただ空になったお皿を見つめていた。
北城は、我に返ったのか、また、咳払いをして答えた。
「そうでしょうとも。ですが、私なら相手役を、キスしても良い人と
替えてもらいます」
「ああ、配役が絶対でないなら、私にも出来ますが・・・」
こちらの方をチラッと見て麻里亜が言うと、山守も首を縦に振ったが、
その後首を傾げる仕草をした。
「否、待ってください。大勢の観客の前では・・・やはり、無理かもしれません」
麻里亜が力なく言うと、北城もボソッと呟いた。
「私も無理かも・・・」
「「・・・」」
二人は、北城の言葉に訳が分からないと言うように顔を見合わせた。
ここは、聞こえぬフリをして、草薙さんにもお茶を勧める。
「草薙さん、どうぞ」
「よ、陽子・・・」
草薙さんは、小さな声で言い、頷いてカップを手にし、一口啜った。
これは、北城の真似なのか？名前で呼べと言う・・・。
「そ、それじゃあ・・・ぶ、舞台、舞台・・・」
その間も、北城は何か適当なものはないかと考えている。
「やはり、加奈子さんは、冷静さを・・・」
「あ、そうです。舞台袖での着替え、着替えです。元々、その話をしていました」
「着替えが、どうかしましたか？」
「舞台袖での着替えです」
「ですから・・・」
麻里亜の言葉を遮り、北城は、片手を腰に、片手を振りながら言った。
「さて、今回、衣裳係が新たに決まりました。さあ、皆さんは舞台袖で
着替える事が出来ますか？」
『出来ます』と山守。『当然です』と麻里亜。
「ですが・・・一応、男子ですよ」
「「えっ」」
麻里亜と山守は顔を見合わせ、二人とも横に首を振った。
「何故、衣裳係が男子なのでしょう？」
「加奈子さんの設定は、おかしいです」
「これは、設定ではありません。私は冷静さを失っていたのでも、ましてや、
服を脱がすのが趣味だなんて事はありません。あれは、練習だったのです」
「練習？」
ホント、この話、どこへ転がっていくのか・・・
「そう、練習です。練習して慣れておけば、憂いなし。です」
「加奈子さんは、もし、男子が衣裳係に任命された場合を考えてと言われますが
でも、そんな事、起こることなどありえませんよね」
「そうです。私達が全員が認めない限りそんなことはありえません。ですから、
加奈子さんの設定は、おかしいと言っているのです」
一生懸命、否定する2人に対し、北城は冷静に答える。
「ありえない事はありません。私達は実際に任命したではありませんか」
「「？」」
二人は、再び顔を見合わせた。
「今回任命された衣裳係は、理さんです」
「何を言っているのです。あれは・・・話の弾みというものです」
先程の話しを思い出して麻里亜が言った。
「今更・・・一旦、口に出したことを反故にする。と、言うことですか？」
「・・・」
麻里亜は、北城の言葉に押し黙ってしまった。
「では、加奈子さんは、着替えさせようとしたのは、その為の練習だった
という事ですか？」
「そうです。勿論、絵里香さんのことを思っての練習です」
おーい、北城。時系列が滅茶苦茶になってるだろ。誰か、気付けよ。
「た、例え・・・理を衣裳係として認めても、着替えを補助する役なんて
認めません。理が他の女性の着替えを覗くなど・・・」
"覗く”じゃなくて、"手伝う”だろ。麻里亜もおかしくなってる。
大体、誰も衣裳係なんて、引き受けていないって。
「あ、あの・・・」
口を挟もうと思ったら、山守が呟く様に言った。
「加奈子さんは、出来ると云う事でしょうか？」
「えっ？」
「あ・・・あの、着替え・・ですけど・・・」
「そ、それは・・・も、勿論です」
き、北城。何考えてる？
「私は、女優ですから・・・」
「「・・・」」
麻里亜と山守は、何度目になるのだろう、また、お互いの顔を見合わせた。
「それより、茜さんはうまくやってくれているでしょうか？」
北城はこの話題を早々に切り上げ、次の話題を振る。
「茜でしたら、任せておけば、大丈夫です」
麻里亜は、北城の問いに答えると、突然言った。
「今、季節は夏です」
「はい？」
北城は、麻里亜にじっと見つめられてうろたえた。
「ま、麻里亜さん？」
僕も山守も意味が分からず、麻里亜に注目する。
『ヒロインは』と麻里亜は北城を指差す。
「恋人に海へ泳ぎに行こうと誘われます。二人は電車で海にやって来ます。
そこは人が疎らな海岸でした。短い砂浜ですが、水着に着替えた二人は、
岩場まで楽しそうに走り、海を見詰めながら話をします」
「は、はい？」
「幕間は、背景の入れ替えで・・・そう、５分にしましょう。ヒロインは、５分で
水着に着替えて下さい。あ、そこの和室が舞台袖という設定です。ヒロインは、
移動してください。それから・・・衣裳係は、着替えの水着の準備してヒロインへ
渡し、着替えを手伝う」
「はい？」
衣裳係って、僕のことか？
「加奈子さんの水着は、サンルームに干してあります。加奈子さんの水着は・・・
知っていますよね」
「あ、ああ・・・」
「では、早く取りに行きなさい。時間がありません」
ホントにいつの間に衣裳係になったのやら・・・
トボトボ歩いて、サンルームに来たが・・・干してある水着の前で、突然、不安が
広がる。これ、触れて良いものなのだろうか？いきなり麻里亜が怒り出したり
することはないのだろうか？
「衣裳係。水着はまだですか！」
麻里亜が叫ぶ。
ここは、平常心でやり過すしかない。
手で持って行くのは憚られたのでタオルに水着を挟んで持って行く事に決めた。
麻里亜の横を通るとき、ボソッと麻里亜が呟いた。
「私以外の女性の着替えを覗くなど、決して認めませんから・・・」
背筋がぞくっとする。
一体全体、どうすれば良いの？
和室に入って、北城に水着を渡すと、北城は小声で訊いてきた。
「これは、どういうことですか？」
さっぱり分からないと、首を横に振る。
「麻里亜さんは何を考えているのです？」
再び、首を横に振る。
「それより、これから、どうすれば良い？」
まさか、本当に着替えを手伝う訳にもいかないし、いや、逆に手伝ってくれと
言われても困るし。それに、麻里亜の呟きもある。
北城は、ちょっと考えてから言った。
「着替える間、時間潰してきて！ほら、ＡＤが、時間繋ぎする感じで」
「あ、ああ」
成る程。麻里亜が考えていたのは、こういう事か。
でも、そんな簡単にＡＤになれるはずもない。
「あ、あの・・・」
時間潰し・・・
「と、隣の空き地に・・・」
「理、それでは、演劇部員ではなく、演芸部員です」
麻里亜の冷たい声が響く。
そんな事言われても、どうすれば良いんだ？
残りの二人はクスクス笑っている。
「時間がありません。早く、着替えの手伝いをしに戻りなさい」
麻里亜が言い放つと、和室の中から、ガタッと音がした。
「はい」
草薙さんが小さく手を上げる。
「あの・・・お茶のおかわりを下さい。出来れば、お茶菓子も・・・」
ちょっと、ほっとした。
とりあえず、３人分のチーズケーキを。
「いつ買って来たのです？」
麻里亜が訊ねた。
「いや、作ったんだけど・・・」
「いつ？」
「昼食を作っている合間に」
「そうですか・・・演芸部員にしておくのは、勿体ないですね。やはり、理は
家のメイドの方が相応しいですね」
「はい！はい！」
草薙さんが手を上げる。
「何ですか、陽子さん」
「家の嫁に欲しーいっ」
「却下します。それにしても、ヒロインは遅すぎます」
そう言うと麻里亜は、和室に入って行く。
「まだ着替えていないのですか？」
「ま、麻里亜さん」
「タイムキーパーです。これでは、幕が開いてしまいます」
「でも、いつ入って来るかって、怖くて、とても着替えなんて出来ないもの」
「衣裳係が、ですか？」
北城が頷く。
「舞台女優としての覚悟があったのではありませんか？」
「舞台袖といっても、囲いくらいは・・・」
「囲った狭い空間でなければ、着替えを手伝って貰えないと？」
「囲いの外から、衣装を渡して貰えるなら・・・」
「衣裳係。気にすることはありません。さっさと、着替えさせてしまいなさい」
「「えっ！！」」
そんな事言われても・・・
「ご、ごめんなさい。覚悟が、不充分でした」
北城が頭を下げた。
「未熟さを自覚なさった、と？」
「はい。女優として、大変、未熟でした」
「これは、罰ゲームものですね」
「えっ」
「私達を振り回したのです。その位は覚悟していただかないと・・・」
「・・・」
「ところで、加奈子さんはプールと海、どちらがお好きですか？」
「それは、どちらも好きですけど。それぞれ愉しみ方がありますもの」
「そうですよね」
麻里亜はにこりと笑って続けた。
なんか、ちょっと怖い。
「加奈子さんのお家は、確か、プライベートビーチのある別荘をお持ちでしたね？」
「えっ、ええ、ありますけど」
「いいですねえ・・・」
ああ、これが罰ゲームかって顔の北城。
北城は、皆のところへ戻ると言った。
「皆様を、夏休みに家の別荘へ招待したいのですが、いかがでしょう？」
「えっ」
皆が驚いた。
着替えから戻って、いきなり別荘の話しになるのだから、きっと
分からないよなあ。
「あ、今回、皆様に私の覚悟が不充分だったと言う事を教えて頂いたお礼
・・・といったら良いのでしょうか」
「とても素敵ですね。ご自身のことを悟っただけでなく、私達に
感謝をして頂けるなんて」」
麻里亜が言う。
「残念ながら、浜茶屋は、ありませんが・・・海は、とても綺麗です。
日程は、追って、連絡差し上げます」
「浜茶屋ないの・・・」
草薙さんが呟く。
「あ、忘れていました。全員一致では、ありませんでした」
突然、麻里亜が言うと、北城が顔をあげて訊ねた。
「何がです？」
「衣裳係です。全員一致には陽子さんの賛同が必要なのでした」
「えーっ。私は、させられなくてもいい事をさせられた訳ですか」
「いいえ。あれは、自業自得というものです」
北城ががっくりと肩を落とす。と、草薙さんが自分の名前が出た為か、訊ねた。
「何のことでしょう？」
「理が衣裳係になるには、陽子さんにも同意を得なければいけなかった。
ということです」
「理さんが衣裳係に？・・・私は、別に、かま、うっーーーー」
いきなり、４本の手が草薙さんの口を塞いだ。
「やはり、同意は得られませんでした。この件は、これで終わりにします」
麻里亜が宣言すると、皆、ホッとした表情を見せる。
口を押さえられて眼を白黒させている約１名を除いて。
「でも、私は理を女優・・・いえ、俳優にと思っているのです」
麻里亜、何を言い出すんだ・・・。
「可能性は低いと思いますけど？」
北城はあまり興味なさそうに言った。
「才能の有無なんて、やってみなければ、分かりません」
「それはそうですが・・・」
北城は、皆がチーズケーキを食べていることに気付いた。
「あれ？、チーズケーキ？」
「ああ、それは、理が面白い話のひとつも出来なくって、お茶とお菓子で
誤魔化した訳です」
そんなつもりは・・・と思ったら、北城がボソッと呟いた。
「もう、役立たずなんだから。麻里亜さんとの話しでもすれば、皆、
夢中になるのに」
「衣裳係、やはり、着替えを・・・」
麻里亜が言うと、北城は一生懸命弁解した。
「あ、あ、今のは、軽いジョークと言うか、理さんへのフォローと言うか・・・」
何処がフォローだ・・・
「まあ、良いでしょう。加奈子さんには、今回、私たちを振り回した件で、
罰ゲームをやって貰う事ですし・・・」
「えっ？別荘は・・・」
「ああ、別荘への御招待感謝致しますわ。それとは、別に罰ゲームの内容は、
よ〜〜く考えさせて頂きますから。あ、理、罰ゲームをやって貰う加奈子さんにも
チーズケーキをお出しして」
チーズケーキを出すと、北城はフォークでチーズケーキを突付きながら、
一人笑みを浮かべた。
「罰ゲームはともかく、楽しい時間を過ごせるかも・・・」
「？？？」
どういう意味だろう？北城の呟きの意味が分からない。
「私も・・・おかわり・・・」
草薙さんがそれを見て。
「理、まだ、ありますか？」
「あ、たくさん作ったから、あるけど・・・皆、食べる？」
訊ねると、皆、頷く。
結局、４人は、夕方まで遊んでいった。
染み抜きを終えた茜さんを巻き込んで。
第２０話 終了
