麻里亜に連れられて入った部屋はとても広く天井が高かった。
天井からは、大きなシャンデリアが下がり、きらきら輝いている。
ここ、マンションだったよな？麻里亜の家だったよな？
どこかのホテルの広間に紛れ込んだ様な気になってしまう。
あ、そっか。安田さんは、ちゃんと、イベント会場って説明してくれたっけ。
天井を見上げていると、後から北城が言った。
「麻里亜さんの家は、６階と７階と屋上の一部を使ってるの。こっちの部分はイベント会場で、
７階の部分が無くって、吹き抜けになっているの。天井は一部変えてね」
「そ、そうなんだ・・・」
なんか、場違いなところに居る様な・・・
「私が結婚する時には、披露宴をするのに使わせてって、麻里亜さんに言ってるんだけど・・・」
それまで黙っていた麻里亜が、振り向き言った。
「冗談はお止しになって。大体、加奈子さんの披露宴がこんな狭い部屋で出来るものですか」
「それは、そうかもしれないけどぉ・・・」
傍で話を聞いていると別世界の話に思えてくる。
こいつらの感覚ってどうなっているんだ？一体、何百人を呼ぼうって思っているんだ？
「それより、草薙さんは？」
守山が辺りをキョロキョロ見回す。
「いえ、まだの様ですわ・・・」
麻里亜が答えたその時、ひとりの女生徒が入り口から入って来るのが見えた。
「あ、いらしたわ」
少女は真っ直ぐこちらの方へ歩いてきて、頭を下げた。
「遅れてすみません」
腰まである髪を首の辺りでひとつに纏めただけのあまり飾り気の無い少女だった。
伏目がちだった少女が、顔を上げた時に印象が変る。
麻里亜とは、正反対の日本的って言える顔立ち・・・お嬢様という派手さは無く、どちらかと
言えば地味に見える。しかし、間違いなく美少女と言える。
「草薙さん、もしかして・・・下で、警備委員の人につかまっていたんじゃない？」
山守が言った。
「ええ、ちょっと・・・」
肯定とも否定とも取れるような答えが返ってくる。
「そうだったの？・・・ごめんなさい。後で警備責任者に注意しておきます」
麻里亜が謝る。
「麻里亜さんのところの警備って厳重だもの。先程も、不審人物だって止められている人を
見たわ」
「それでこそ、この会を企画した意味があるっていうことですわ」
北城が頷く。
後から聞いたのだが・・・この会を企画したのは、やっぱり、北城と山守のふたりのようだ。
なんでも、お祝いの対応に時間をとられるのが嫌だったらしい。それなら、会を開いて一度に
済ませてしまえ・・・と、なったらしい。
麻里亜も草薙さんも同様の悩みがあったらしく、同意し、参加しているみたいだ。
こうやって、喋っている間にも飲み物や食べ物がテーブルに運び込まれ、準備は進んでいる。
「それでは、お客様を迎える準備をしましょう」
「あ、あの・・・」
麻里亜が皆を促すと草薙さんが遠慮がちに、こっちを見た。
視線を読み取った麻里亜が答える。
「あ、草薙さんは初めてでしたわね。彼は、水都理君・・・こちらは、草薙陽子さん」
「水都理です。宜しく」
ペコリ
草薙さんは、深々とお辞儀をした。
「それじゃ、入り口の方へ参りましょう・・・理は、私の傍に」
「え、俺も、並ぶの？」
「勿論です・・・まさか、もう、お料理に手をつけ様なんて考えていた訳では・・・」
「ま、まさか・・・」
「では、私から離れないように」
「は〜い。分かりました」
実際、こうやって立っていなければ、料理のつまみ食い以外する事もなさそうだった。
「皆、進学おめでとう」
最初に入ってきたのは、麻里亜のお父さんとお母さん。入学式の日にも見掛けた様な
気がする。
「「ありがとう御座いま〜す」」
皆の返事に頷き、麻里亜に近づいてきた。
「お父様、お母様・・・今日はありがとう御座います」
「麻里亜、おめでとう。ゆっくり、話す時間もなかったが、元気でやっていたか？」
「ええ、お父様・・・」
「ん、君は？」
麻里亜の斜め後に立っていたこっちに気がつき話し掛けてきた。
「水都理です」
「ああ、君が特待生の・・・どうかな、うちの学校は」
「はい。まだ入学して数日ですけど・・・学校は綺麗ですし、設備も整っていて、良い学校だと
感じてます。何より、自然があって、とても気にいっています」
「ふむ、気に入ってもらえているようだな」
「はい」
「あ、あの、お父様。お母様」
少し緊張気味の麻里亜の声がした。
「なんだ、麻里亜」
「理は・・・つまり、理がここに居るのは、私の恋人だからです」
麻里亜の言葉に、びっくり。
案の定、ふたりも驚き、顔を見合わせたが、やがて笑いながら言った。
「ははは・・・そうか、麻里亜は、また、面白い遊びを思いついたようだな」
「お、お父様」
「麻里亜、すまないが・・・明日菜のお祝いにも顔を出さなければならないんだ。悪いが、
挨拶が済んだら中座させて貰うよ」
「は、はい・・・」
麻里亜は少し気落ちしたような感じだ。
「私達は、お客様に挨拶してこよう」
麻里亜のご両親の後、次々とお祝いのお客様が訪れる。
何故か若い男性が多い。大学生位から社会人に成り立て位の・・・皆、お金持ちって感じは
するけど。
「麻里亜さん、進学おめでとう」
「ええ、ありがとう御座います」
「高校生になって、一段と綺麗になったね」
「まあ・・・ご冗談を」
「冗談なんて言いませんよ。麻里亜さん、今度、時間があったら、○○○でもしませんか」
「ええ、そうですわね。スケジュールを確認しておきますわ。理、確認しておいて」
「え！？」
「あの・・・彼は？」
「私の恋人です」
「・・・」
○○○に入る単語が若干違うものの、殆ど同じパターンの繰り返し。
いい加減、疲れてきた。それにしても・・・。
お祝いの客が途切れた頃を見計らって、麻里亜に訊ねた。
「何なんだ？・・・皆、睨んでいくんだけど・・・」
「当たり前です。皆、理に嫉妬しているんです」
「それは、麻里亜があんな紹介するからだろう・・・何故、恨まれなければいけないんだ」
「彼らは、私の婿候補だからです」
「は？」
「だから、候補です・・・」
「・・・」
目眩がした。
完璧に虫除けに使ってる。しかも、婿候補って・・・何人居るんだ？
それだけじゃない。彼らの嫉妬は、全て俺に・・・。
挨拶が一通り終わった頃、麻里亜に話し掛けた。
「麻里亜、さっきの部屋で少し、休憩してきていい？」
「ええ、いいでしょう・・・」
麻里亜は、ちらっとこっちを見ただけで、あっさり、許可した。
「う、うん。ありがと」
「は〜、疲れた」
控え室に戻り、ソファに座ると、思わず声が出てしまった。
足が棒のようだ。１時間程度立ってただけなのに・・・やっぱ緊張してたのかな？
「水都様」
背中の方から声がした。
「や、安田さん」
「水都様。お疲れの御様子・・・何か食べるものをここへ運ばせましょう」
「ホント？助かるぅ」
実際、料理を摘むなんて暇はひとつもなかったんだ。
いや、麻里亜だって、同じなんだけどさ。
「水都様は、麻里亜お嬢様の傍で、ご苦労されておいででしたから」
「み、見てたんですか」
「はい。会場の管理は、私の仕事ですから」
「そうなんですか・・・ところで、安田さん・・・目上の人に様をつけて呼ばれるのは
落ち着かないんですけど・・・出来れば、理とか理君あたりにしてもらえませんか」
「お嬢様の大切な方を呼び捨てには出来ません。お嬢様にも叱られてしまいます」
やっぱり、麻里亜は、安田さんにも僕を恋人にしたとか話しているんだ。
「でも、落ち着かないんですけど・・・」
「そうですか・・・分かりました。それでは、お名前の方で呼ばさせて頂くことにします。
料理の方、今、お持ちしますので、暫くお待ち下さい」
「はい。お願いします」
安田さんは、軽く会釈すると会場の方へ戻って行った。
安田さんの指示で料理が運び込まれた。
「いただきます」
まさに食べ様とした時、後のドアが開いた。
振り返ると草薙さんが立っていた。
「・・・」
「あ、あの・・・食べる？」
なんか、悪い事をしている様な気になってしまい、つい、社交辞令的に言ってしまった
のだが・・・。
コクン
あ、頷いた。食べるって云う事か。
新しいお皿とお箸を手渡す。
草薙さんは、ペコリとお辞儀をして受け取った。
実は、草薙さんは、麻里亜の隣に立って挨拶をしていたんだ。
見ていて、吹き出してしまいそうになった。
「陽子さん、進学おめでとう」
コクン
「その制服、とっても似合っているね」
コクン
「実は、○○○を買ったんだけど、今度、陽子さんと、○○○したいな」
「・・・」
「今度、電話するから・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「気が向いたら、電話してくれるって云うのはどうかな？」
コクン
「あ、ああ・・・じゃ、そういうことで・・・」
池田先輩が無口って言っていたのは本当だったんだ。
草薙さんが食べ始めたのを見て、こちらも食べる事にする。
お箸とお皿を持った途端、安田さんが呼びに来た。
「理様、麻里亜様がいらして頂きたいと・・・」
「え」
残念だけど、仕方が無い。食事は諦める事にした。
「理様、麻里亜様がこれを・・・」
安田さんからメモを受け取る。
なんだ、これは？
麻里亜の周りには、幾重にも男達が囲んでいた。それを掻き分けて麻里亜に声を掛ける。
「麻里亜」
「あ、理、皆様がどうしても、時間を空けて欲しいと仰るのですけど・・・」
「麻里亜は、恋人の僕がいるのに、他の人と付き合うつもりなの？」
「そ、そんな事はありません。私の心はひとりの方に対してのみ誠実です・・・そうです。
今、他の方と付き合うようなことになれば、私は不誠実な女となってしまいますわ。
皆様は、そんな私を欲しておられるのでしょうか？」
「「いえ、それは・・・」」
「やはり、皆様も、ひとりの方のみに対して誠実な私を望んでおられるのですね・・・
そうであれば、今は、理以外の人の為に時間を割くという訳にはいきません」
「麻里亜、今、僕の為に少し時間を分けて欲しいのだけど・・・」
「理・・・仕方ありませんね。皆様、少し、失礼させていただきますわ」
人込みから離れると麻里亜が言った。
「理は演劇の才が少しありそうですね・・・でも、何故、直ぐに戻って来てくれないのです」
冗談じゃないよ。あんなクサイ芝居、させといて・・・演劇って、こんな事の為にやってたのか？
なんて、とっても言えない。確かに、こっちは食事までしようとしてたし・・・
「そ、そうかな・・・５分くらいしか離れていないような気がするけど」
「５分？・・・１５分くらい居ませんでした。その間、私が、どれだけ大変だった事か・・・」
「でも、さっきは、恋人が居るって紹介してたじゃない」
「もう、チャンスは無いのかって迫られていたんです」
「へえ〜・・・それなら、はっきり、断れば良いのに」
「そうも参りません。お父様の取引相手です。機嫌を損ねる訳には参りません。向うから、
諦めるように仕向けなければなりません」
「へえ、麻里亜は、麻里亜で、気を使っているんだ」
何故か、気分が悪くなって、口調が荒くなっている自分に気がついた。
「私だけではありません。加奈子さん達も同じです」
麻里亜はそんな事には気付かずに答えた。
「ふ〜ん」
我侭に振舞っている様に見えて、ホントに気を使ってる訳なんだ。
休憩室の戸を開けると・・・皆、揃っていた。
「あ、あなた達・・・」
「あ、バレちゃったみたい」
３人がここに居て、麻里亜がここへ戻ってきたって事は・・・
・・・ってことは、会場に、主役達は誰も居ないって事か？
「相手をしなければならない人数が急に増えた訳がよ〜く分かりましたわ」
「で、でも、麻里亜さん・・・会の時間は過ぎてましてよ」
「・・・そ、そうですわね」
時間を確認した麻里亜が同意する。
「このままでは、キリがありませんわ」
「万歳でも、します？」
北城がとりあえず言ってみたって顔で言う。
「宴会ではありません」
麻里亜が、即、却下。
「・・・」
誰からも“良い考え”は出そうにない。
「お嬢様、そろそろ、会場に戻って頂きませんと・・・」
困ったような顔をした安田さんが現れた。
「何か、締め括るための良い方法を考えないといけませんわ」
麻里亜が重ねて言う。
強制的に終わらせるしか無いような気がするけど・・・
麻里亜に言わせると、気を遣えって事になりそうだし・・・
「お、お嬢様・・・」
安田さんの切羽詰った声。
ここは、止むを得ないところだろう。
「麻里亜達は、出口のところへ並んで・・・」
「理？」
「安田さん、会場のＢＧＭを“蛍の光”に変えて」
「わ、分かりました」
麻里亜達が出口の扉付近に立つとタイミング良くＢＧＭが変る。
会場のあちこちで話をしていたお客達が、出口に向かって動き始めた。
「「今日は、お祝いに来て頂き、ありがとう御座いました」」
挨拶する麻里亜達の声が聞こえる。
この曲が掛かると、何故か帰らなくてはいけないような気になるから不思議だ。
数分後、見送りを済ませたお嬢様たちが戻ってきた。
「あ〜、ホント、疲れたわ」
「あ、あの・・・北城さん？」
「もう、くたくたぁ〜」
「え、えっと、山守さん？」
「理の機転で助かりました」
「麻里亜・・・あれ、草薙さんは？」
「そういえば・・・あ、う、後です。理の」
振り返ると、食事に集中している草薙さんが居た。
こうなると・・・皆、お嬢様には見えない。
「草薙さん、おいしい？」
コクン
ははは・・しかし、挨拶にも行かずに食べてた訳ね。
「お嬢様方、お疲れ様でした。お食事の方、運ばせますから」
安堵したような安田さんの顔がそこにあった。
「ところで、麻里亜。あの“お姫様”って、どういうこと？」
お客様が来るからって事で、この話は後まわしにされていた。
「理・・・今日は疲れました。その話は、次回にしましょう」
「お姫様？」
食事に集中していた草薙さんがピクリと反応する。
「お姫様・・・聞きたい」
「草薙さん・・・」
「あれはねえ、麻里亜が言ったのよ、ねぇ〜」
「ねぇ〜」
北城と山守が答える。
「あ、あなた達・・・」
「麻里亜が？」
麻里亜の方を見ると、少し赤い顔をしている。
「た、確かに申しました。つ、月に住むお姫様の様だと・・・しかし、最初に、理に悪戯を・・・
化粧をし始めたのは、加奈子さん達です」
「「え・・・そ、そうだったかな〜、忘れちゃったね〜」」
「加奈子さん、絵里香さん」
こ、こいつらは・・・
こぶしを握り締めた時、制服の裾を引っ張られるのを感じた。
「ん？」
「見たい・・・お姫様」
く、草薙さん？
「まあ、絵里香さん、聞きまして？・・・草薙さんが、自分から男子に声を掛けたところを
初めて見ました」
「ええ、私も初めてです。明日は、嵐になるのでしょうか？」
「予報では、快晴だとのことです」
「快晴ですか・・・何処かへ出掛けたい気分ですわ」
「何処が良いでしょう」
こいつらの話題をすり替える術には、頭が下がる。
「草薙さん・・・見たければ、演劇部に入部しなければなりません」
「え、演劇部・・・」
「ま、麻里亜っ！」
「理、それよりも、早く食事を。寮の門限が迫っています」
うっ、確かに。こいつらとじゃれ合うより、夕食を選ぼう。
送って貰う事になった、車の中で、愚痴が出てしまった。
「安田さん・・・別世界を覗いた様な気がします。このまま、麻里亜達と一緒にると、感覚が・・・」
「理様・・・お嬢様と言っても普通の女の子で御座いますよ。少しばかりプライドが高いかも
しれませんが・・・」
「それは、そう思うんですけど・・・」
「強いて言えば、浪費家で我侭と言えなくも無いですが・・・」
「そ、そうですね・・・」
安田さんが場を和ませようとしているのが分かった。
「それでも、私は、麻里亜様は心優しく育って下さったと思っています。最近の麻里亜様は、
送迎のお車の中でも、理様のお話しかなさいません。理様が良ければ、麻里亜様の事を
考えて頂ければと思っております」
「ええ」
でも、麻里亜が気にいる様なことをした覚えは無いし・・・何故、ここまで、麻里亜が、俺の事を
気にするのかが分からない。思い当たる節も無い。
どちらかと言えば、俺が、麻里亜に迷惑を掛けている様な・・・
「あ・・・麻里亜に、場所聞くの忘れてた・・・安田さん、麻里亜と連絡取るにはどうしたら
いいのかな？」
「理様。アルバイトの件でしょうか？」
「え、そうなんだけど・・・」
「それでしたら、私が、明日、９時に迎えに行く様、仰せつかっております」
「え？・・・安田さんが」
「はい。今日と同じ場所でお待ちしております」
「す、すみません」
門限の８時ギリギリに帰る事が出来た。
しかし、よく考えてみれば、電話連絡すれば、９時までは大丈夫だったんだ。
あの食事、ゆっくり味わえたのに・・・ああ、残念。
翌日、管理人のおばさんにアルバイトの話をしようとしたのだが、おばさんは既に知っていた。
「連絡は海棠さんから貰ってるよ。夜は、この戸を９時まで開けておくから。帰ったら、閉めて
くれれば良いからね」
「はい」
多分、８時前には帰る事が出来るだろうけど・・・少し心に余裕が出来たような気がした。
９時少し前に校門にきたら、安田さんは既に来ていた。
「お、おはよう御座います」
「おはよう御座います。理様」
車が止まると、昨日と同じ場所。
「あ、あの・・・安田さん？」
「どうかされましたか？」
「ここ、麻里亜の・・・」
「そうでございますが・・・」
「アルバイトって、麻里亜のとこ？」
「お聞きになっておられませんでしたか？」
一体、どうなっているんだろう？麻里亜のところのアルバイトって・・・何？
第３話 終了
